【2004年のBunkamura】『オイディプス王』をギリシャ悲劇の聖地アテネで上演!Bunkamura15周年を飾る豪華ラインナップ
「Bunkamura History」では、1989年にBunkamuraが誕生してから現在までの歴史を通じて、Bunkamuraが文化芸術の発展にどんな役割を果たしたか、また様々な公演によってどのような文化を発信したのか振り返ります。今回は、蜷川幸雄演出『オイディプス王』のアテネ公演のほか、Bunkamuraが開業15周年を迎えた2004年に各施設で行った公演や展覧会を紹介します。
■オーチャードホール:巨匠カルロス・サウラと舞姫アイーダ・ゴメスが組んだフラメンコ・バレエ『サロメ』を上演
元スペイン国立バレエ団芸術監督にして伝説的ダンサーのアイーダ・ゴメスが、2001年に自身の舞踊団を旗揚げするに際して、スペイン映画界の巨匠カルロス・サウラ監督に新作『サロメ』の演出を依頼。この豪華タッグによって完成したフラメンコ・バレエを、2004年2月にオーチャードホールで上演しました。
聖書に記された王女サロメの物語をオスカー・ワイルドが美しい愛の一幕劇に仕立てた戯曲を読むや、「これを踊りたい」と思ったというアイーダ。第1部はパンツスタイルのマニッシュな踊りを見せる「シレンシオ・ラスガド」などクール&モダンな小品で構成。そして第2部の『サロメ』では東洋の音楽エッセンスをフラメンコのリズムへと昇華させたロケ・バニョスによる音楽に乗せて、熱い官能の香りに満ちたダンスを披露。サウラ監督が真っ白なスクリーンを背景に作り出すシンプルかつスタイリッシュな空間が、ダンサーたちの鍛えられた肉体や艶やかな衣装を引き立て、舞台上で欲望の化身サロメと化す舞姫アイーダの姿を観客の目に焼きつけました。
また、この舞台版と並行して、フィクション・シーンを絡めた映画『サロメ』もサウラとアイーダのコンビで製作。前年の2003年11月にル・シネマで上映し、映画と舞台で“2つの『サロメ』”を体感できるという複合文化施設Bunkamuraならではの文化芸術体験を提供しました。
●シアターコクーン①:蜷川幸雄演出『オイディプス王』を“世界のニナガワ”の出発点であるアテネの古代劇場で上演
シアターコクーン芸術監督を務める蜷川幸雄が“世界のニナガワ”と称されるようになったのは、1984年に初の海外進出作品として演出したギリシャ悲劇『王女メディア』を、アテネの古代劇場ヘロデス・アティコスで上演したことがきっかけでした。それから約20年を経た2004年7月に、彼が初挑戦したギリシャ悲劇であり過去に3度演出を手がけた『オイディプス王』を、シアターコクーンと福岡での公演を経てヘロデス・アティコスにて上演しました。
この海外公演が実現したのは、アテネ五輪の一環として実施される文化イベント「カルチュラル・オリンピアード」の正式プログラムとしてギリシャ政府から上演依頼を受けたことがきっかけ。「行きたくなくなるほどのプレッシャーがある」と語った蜷川は、2002年版に出演した野村萬斎や麻実れいを再びキャストに迎える一方、舞台美術を一新するなど新たな演出にチャレンジ。大がかりな演出に頼らず俳優の身体を武器にすることで濃密なドラマ性を追求しました。そして公演当日、客席後方にパルテノン神殿が見える神聖な空気の中、俳優たちは充実した演技を披露し、日本から応援に駆けつけたファン、ギリシャの演劇ファン、世界各国からの観光客などバラエティ豊かな観客たちを魅了。カーテンコールでは約4000人の観客が総立ちとなり、万雷の拍手で日本演劇人の代表たちを称えました。
●シアターコクーン②:野田秀樹の幻の名作『赤鬼』を日本、タイ、ロンドンの3バージョンで上演
野田秀樹が自ら設立したNODA・MAPの番外公演第2弾として1996年に初演された『赤鬼』(作・演出:野田秀樹)。ある島の漁村に流れ着いた“赤鬼”と呼ばれる言葉の通じない異国人を主人公に、異文化コミュニケーションの理想と壁をテーマにした普遍的な物語は海外の演劇人たちをも魅了し、1997年から98年にかけてはタイの俳優とのコラボレーションによるタイ語版公演が東京とバンコクで実現。さらに2003年には、野田以外のすべてのキャストとスタッフを現地で選んだロンドン版を上演。そして2004年8月から、日本版、タイ版、ロンドン版の連続上演をシアターコクーンで行いました。
この3つのバージョンは言語だけでなく、キャスト、衣裳、セット、そして演出に至るまですべてが異なるもの。例えば、キャストの人数が日本版は4人とミニマムなのに対してタイ版は14人に増え、俳優たちの群れの変化によってあらゆる状況の表現を具体的かつ印象的に見せる新たな効果が生まれました。またロンドン版では、赤鬼役の野田に対して村人キャストをヨーロッパ系の俳優で固めることによって、物語のテーマである“西洋対アジア”の立場を逆転。それぞれのバージョンで感じ取れるものが変わるという、演劇ファンにとって興味深い連続上演となりました。
▼ザ・ミュージアム:印象派の2つの流れを明確に分類して構成した『モネ、ルノワールと印象派展』を開催
西洋絵画の中でも日本で高い人気を誇る印象派の名作が一堂に会し、作家それぞれの魅力を体感するとともに、印象派全体の特徴とスタイルを見つめ直す企画展が実現しました。2004年2月からザ・ミュージアムで開催した『モネ、ルノワールと印象派展』です。
19世紀後半にフランスで生まれた印象派の代表的な画家としてモネとルノワールが挙げられますが、自然を光と色彩に還元して風景画として定着させたモネに対し、ルノワールは透明感あふれる色彩による人物表現を追求しました。こうした異なる流れが混在する印象派観を整理するため、本展では「風景画」「人物画」という印象派の2つの流れを明確に分類。そして、自然を描いたシスレー、ピサロ、スーラ、シニャック、人物を描いたロートレック、ボナール、ヴュイヤールの作品を通じて、モネとルノワールに連なる2つの潮流を構成。モネの初期の代表作《アルジャントゥイユの鉄橋》やルノワールの名作《青い服の子供》をはじめ、プライベートコレクションを中心に日本初公開の作品を含む約80点を通じて、印象派の全体像に迫る展覧会となりました。
◆ル・シネマ:ヴェネチア国際映画祭トリプル受賞のラブストーリー『オアシス』を上映
2000年に公開された『シュリ』のヒットをきっかけに日本で韓国映画ブームが生まれ、ル・シネマでも数々の秀作を上映してきました。その中でも大きな反響を呼んだ作品が、2002年のヴェネチア国際映画祭で最優秀監督賞・新人俳優賞・国際批評家連盟賞のトリプル受賞を果たしたイ・チャンドン監督作『オアシス』です。
主人公は、刑務所から出所するも家族たちから煙たがられてしまうはみ出し者の青年ジョンドゥと、重度の脳性麻痺を患い、部屋にひとり残され過ごしていた女性コンジュ。あるきっかけで出会い、しだいに深まっていく2人の恋模様をファンタジックな空想シーンを交えて描写しながら、彼らを取り巻く社会の偏見をも鋭く突き付けた本作。人との関わりに困難を抱えながらも根は純朴なジョンドゥの姿を焼き付けたソル・ギョングと、コンジュを演じるにあたり、脳性麻痺患者の方から実際に感情の表現方法を学んだムン・ソリが見せた圧巻の演技が観客の心を揺さぶり、大きな反響を集めました。
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