実は日本人好み!?ブラームスの音楽の魅力とは(ブラームスを深く楽しむ④)
2023年10月からスタートした『N響オーチャード定期』2023/2024シリーズのテーマは<ブラームス・チクルス>。国内外の巨匠がタクトを振り、ブラームスの全4交響曲や「ハンガリー舞曲」などの名曲を演奏します。「Bunka Essay」ではチクルスをより楽しむことができるよう、作曲家ブラームスの特徴や魅力を全5回に分けて紐解いていきます。第4回は、これまで注目してきた作曲家としてのバックグラウンドをふまえ、ブラームスの楽曲の特徴と魅力について改めて迫ります。
古典派の様式美とロマン派の感情豊かなメロディが融合
1833年に生まれ、時代の上ではロマン派に属するブラームスですが、その音楽的な立ち位置はロマン派において一線を画する特殊な存在です。なぜかというと、同時代の作曲家たちが既成の枠にとらわれず自由な音楽表現を追い求めたのと対照的に、ブラームスはベートーヴェンら古典派の偉大なる先人たちが残した伝統を守ることにこだわり、古典派の特徴である形式性を尊重したからです。
そうした傾向は、古典派の時代に確立されたソナタ形式にのっとった4楽章で構成され、多くの楽器によってハーモニーを構築する交響曲において特に顕著です。例えば、「ベートーヴェンの交響曲第10番」と称賛された交響曲第1番は、穏やかな叙情が漂う中間楽章を挟む形で、“苦悩から歓喜へ”というストーリーが壮大なクライマックスを目指し徐々に盛り上がっていく、緻密な展開が実に見事。また、『N響オーチャード定期 第129回』で演奏される、ブラームス自身が「最高傑作」と語ったという交響曲第4番では、教会旋法やパッサカリア(変奏曲の形式)などバッハの時代までさかのぼった古い様式も用いています。
ロマン派真っ盛りの当時は、このような時代と逆行した曲作りに対して「古臭い」という批判もあったそうですが、現代の観点からフラットに聴くと、ロマン派らしい感情豊かな美しいメロディと古典派らしい厳格な構成が一体化した、ブラームスにしか成し得ない様式美の境地とすら感じられます。
人生と作曲活動の後期で到達した“わびさび”の境地
同じ人間が年月を経て考えることや感じることが変わっていくように、旋律美と様式美をバランスよく融合したブラームスの作品も、晩年へ差し掛かるにつれて変化していきます。1880年代半ば以降に友人たちとの死別や仲違いなどによって孤独を深めるうちに、人生に対して抱く寂しさや憂いが彼の曲に表れるようになっていったのです。
例えば、ブラームスが残した3曲のヴァイオリンソナタのうち、明朗な響きが印象的な第2番に対して、友人の音楽学者カール・フェルディナント・ポールの訃報を受け取って作曲した第3番はほんのりと暗く、人の一生のはかなさへの諦観すら感じさせます。同じく晩年の代表曲である交響曲第4番も、ヴァイオリンがため息のような音色を奏でる冒頭部分を筆頭に、作品の隅々まで哀愁に満ちたロマンティシズムが漂っています。
このように自然とにじみ出る作曲家自身の心情を、仰々しくならず自然体かつ淡々と奏でているところもまた、ブラームスの楽曲ならではの魅力。ロマンティックなメロディなのにどこか陰りのある音楽は、日本の美意識の一つ “わびさび”の世界にどこか似ていて、ずっと静かに聴き入っていたくなるほど心に染みることでしょう。
言葉にできない想いを音楽に投影
生前のブラームスは思慮深くて控え目かつ寡黙な性格だったと言われていますが、彼が手がけた曲はいずれも言葉以上にメロディが雄弁に感情を発しています。言葉にできない激情が一つひとつのフレーズに込められているわけですから、聴く者が心を揺さぶられるのも納得です。
形式を重視する古典派の伝統を受け継ぐとともに、ロマン派の作曲家ならではの自由な表現も備えた独自の音楽世界を確立──。いわば“古いようで新しい”ところがブラームスの最大の特色であり魅力かもしれません。
文:上村真徹
〈公演情報〉
N響オーチャード定期2023/2024
東横シリーズ 渋谷⇔横浜
<ブラームス・チクルス>
Supported by IHI
第125回 2023/10/28(土)15:30開演 会場:横浜みなとみらいホール
第126回 2024/1/8(月・祝)15:30開演 会場:Bunkamuraオーチャードホール
第127回 2024/3/2(土)15:30開演 会場:横浜みなとみらいホール
第128回 2024/4/29(月・祝)15:30開演 会場:Bunkamuraオーチャードホール
第129回 2024/7/6(土)15:30開演 会場:横浜みなとみらいホール
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