フラメンコギター界の未来を切り開く兄弟デュオ/徳永兄弟インタビュー
“文化の継承者” として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語る「Bunka Baton」。今回は、フラメンコギター・デュオとして国内外で活躍する徳永兄弟にインタビュー。意欲的な活動を通じてフラメンコギターの魅力を伝え続ける兄・健太郎さんと弟・康次郎さんに、これまでの軌跡を振り返りながら理想の演奏などについて語っていただきました。
中学卒業後のスペイン留学からフラメンコギタリストへの道が本格スタート
お父様がフラメンコギタリストの徳永武昭さん、お母様もフラメンコダンサーというフラメンコ一家に生まれ、家の中では常にフラメンコ音楽が流れる環境で育った徳永兄弟。物心がついた頃にはフラメンコギターをかき鳴らし、お父様の指導を受けるようになりました。さぞかしハードな指導を連日受けたのではと想像しがちですが、実はその逆で「いつでも好きな時に練習すればいい」という自由なスタンス。その結果、練習するのは週1回程度だったそうですが、自主性を重んじた指導方針は2人にマッチしました。
「好きなことでも教えられると嫌いになることってあるじゃないですか。その点、練習を押し付けられなかったのはすごく良かったと思っています。父は僕たちが知ってる曲や好きそうな曲を弾いてくれ、楽しい面だけを見せてくれました。おかげでずっと『ギターは楽しい』と思いながら演奏できるようになったんです」(健太郎さん)
こうして“楽しむ感覚”でフラメンコギターと親しんでいた2人にとって大きな転機となったのが、中学卒業後のスペインへのフラメンコ留学でした。
「消去法で進路を決めたんです。勉強もスポーツもできない。ギターができるから音楽で高校に行こうと思ったけど、クラシックのことはよく分からない。そこでインターネットで調べたところ、スペインにフラメンコの専門学校があることを知り『ここに行くしかない!』と留学を決意したんです」(健太郎さん)
「兄が留学から1年後に一時帰国した際、プロみたいに演奏が上達していて、驚くと同時に悔しくなったんです。普通に高校進学を考えていましたが、このペースだと高校3年間でもっと差がつくだろうなと焦り、僕も留学しようと思いました」(康次郎さん)
スペインでの授業は朝から夕方まで毎日3コマ(1コマ1時間半)という濃密な内容で、あまりのハードさに中退してしまう生徒も少なくない中、2人は「明日先生に褒めてもらいたい」というモチベーションで帰宅後の復習も怠らず、驚異のスピードで成長しました。
「フラメンコは音楽でも踊りでも自分を表現しないといけないので、人見知りな性格を頑張ってイチから切り替えました。毎日あらゆる曲に触れて演奏に必要な情報もたくさん与えてもらい、スペインやフラメンコの文化も学ぶことができ、そのすべてが今すごく生きていると思います」(康次郎さん)
「フラメンコ界のトップで活躍している人たちが先生で、毎日目の前で弾いてくれる環境は大きかったですね。フラメンコギターは生音で聴いてこその楽器で、同じ空間で聴くと『こういう音を出す』という感覚がよく理解できるんですよ。まるで自分の演奏が先生の音の出し方にチューニングされていくようでしたね」(健太郎さん)
兄弟ならではの息の合った演奏で唯一無二のフラメンコギター・デュオに!
留学を終えて日本とスペインを行き来するようになった2人は、2012年に東京で初のデュオリサイタルを開催。幼い頃から同じ環境でギターを鳴らし、保育園や老人ホームで一緒に演奏を披露する機会もありましたが、これを機会にデュオを正式に結成しました。
「フラメンコギターは踊りの伴奏として演奏される機会は多いけど、単独の演奏は少ないんです。しかもそれが兄弟によるデュオとなると、世界でもほとんどいません。小さい頃から一緒に演奏してきたという、せっかくの特性を生かさないわけにはいかないと思い、デュオ活動をスタートしました」(康次郎さん)
「僕たちは兄弟だし、ずっと一緒に演奏してきたから、1本のギターで弾いてるみたいに息がぴったり合うんです。ギターの音を2人で合わせるのは、実は相当練習しないと難しいもの。そうした一番大変なところを苦労せずにクリアできるのは、小さい頃から一緒に演奏してきて良かったと思える部分ですね」(健太郎さん)
本場スペイン仕込みの超絶技巧とリズム感、そして兄弟ならではの息の合った演奏でたちまち注目を集めた2人は、今やスペインの一流アーティストたちと同じステージで幾度も競演。「常日頃から崖っぷちに立たされている感覚」(健太郎さん)「毎月のように王者と戦うボクサーの気分」(康次郎さん)と形容するほどのプレッシャーと闘いながら研鑽を積み、ますます飛躍を遂げています。そんな“毎日が転機”という2人にとって真の意味でターニングポイントになったのは、2022年にアルバム『NEO FLAMENCO』でメジャーデビューを果たしたことでした。
「それまでずっと小さな会場や飲み屋で演奏していて、地元の新潟に帰ると行きつけの店でよく『君たち、いつになったら有名になるの? いつ劇場で弾くの?』と言われていました。僕たちは全力で演奏しているだけだから答えようがなかったんですが、ある日突然日本コロムビアさんから声を掛けていただいたんです。10年以上続けてきた頑張りを認められたことがとても嬉しく、もっと大きな会場で演奏して多くの人に聴いてもらいたいという意欲が芽生えました」(康次郎さん)
父から受け継いだ思い出の曲を大切にし日本人ならではの視点で個性を確立
徳永兄弟はフラメンコの伝統を受け継ぐオリジナル曲やスタンダードナンバー以外にも、ラテン音楽やロックをフラメンコにアレンジした演奏にも取り組んでいます。そこには、他のフラメンコギタリストと渡り合える個性を確立したいという強い思いが込められています。
「スペインに生まれて小さい頃から家族とフラメンコを演奏している人たちには、同じことをやっても絶対勝てません。でも逆に、いろんな音楽ジャンルや日本のカルチャーをフラメンコとミックスすることは、日本人である僕たちにしかできないことです。そうした広い視点に立った活動はこれからも大事にしたいと思います」(康次郎さん)
幅広いレパートリーの中でも特に大切にしているナンバーを尋ねたところ、2人はお父様から受け継いだ曲を挙げてくれました。
「小さい頃に父が弾いてくれた『ブレリア・デ・パドレ』(『NEO FLAMENCO』にも収録)は、今でもライブの最後に演奏しています。スペインでは家族でフラメンコをやっている人が多く、親から子へ伝承しているんですが、僕にとってはそれと同じような位置づけの曲です。すごくトラディショナルな響きでフラメンコらしい曲でありながら、日本人にしか作れない曲ですね」(康次郎さん)
「1曲選ぶならそれかな。あと、子どもの頃に父がフラメンコ風にアレンジして教えてくれた『コーヒールンバ』もライブでよく弾いているよね」(健太郎さん)
「最近までずっと父のアレンジで演奏していたけど、さすがに子どもが弾けるものを30代になっても演奏するのはまずいかなと思い、『NEO FLAMENCO』でアレンジをアップデートしました(笑)」(康次郎さん)
このように意欲的な活動を通じてフラメンコの魅力を伝え続けている2人が追い求める“理想の演奏”とはどんなものなのでしょう?
「スペインでもそうですが、フラメンコギターはタブラオ(フラメンコショーが行われる居酒屋やレストラン)のように小さなキャパシティの会場で演奏されることが多いんです。コンパクトな空間で舞台と客席の間に熱量の高い一体感が生まれ、スペインだと曲の途中でお客さんが掛け声を出したり拍手することもあります。僕たちもそうした空間をお客さんと作り出し、お客さんからの感情表現で演奏がさらにヒートアップするというコミュニケーションをしたいですね」(健太郎さん)
「ホールでの公演だとクラシックのようにしっとりと音楽を聴く気持ちで来られる方が多いのですが、本来フラメンコは小さな会場でお酒を飲みながらワーッと盛り上がる音楽なので、もっとお客さんと一緒に楽しみたいですね」(康次郎さん)
演奏中の拍手や掛け声は大歓迎!お客さんとの一体感を楽しみたい
2025年2月開催の『セシオン杉並 Meet The Artists vol.3 徳永兄弟 フラメンコギター ダンス&パルマ』に出演が決まっている2人に公演への意気込みを尋ねたところ、彼らが理想の演奏に不可欠な要素と考えている“一体感”がキーワードとして挙がりました。
「フラメンコは声出しOKで、好きなタイミングで拍手して大丈夫。そうしたコミュニケーションを取りながらお客さんと一体になりたいですね。ぜひ、かしこまらずリラックスして会場にお越しください」(健太郎さん)
「今回の公演はフラメンコギターだけでなくダンスもパルマ(手拍子)もあり、どんな方でも楽しめるような内容です。スペインのフラメンコならではの雰囲気に皆さんを巻き込みますので、ぜひその空間を体感しに来てください」(康次郎さん)
これから徳永兄弟はどこへ向かうのか──。2人が向ける視線の先はそれぞれ異なるものの、お互いにさらなる高みを目指す熱い思いを聞くことができました。
「やっぱりスペインの一流のフラメンコが大好きなので、向こうの一流のギタリストたちと同じラインに立ちたいという気持ちがあります。スペインでソロコンテストに出場したりギタリストとアルバムを共作してバチバチに渡り合い、世界での僕たちの演奏への反応を見たいですね」(康次郎さん)
「フラメンコは地方によってスタイルが違うし、アーティストも個性やスタイルが全然違います。その中でも、技術やリズム感など何かのパラメーターが飛び抜けてる人ってやっぱりカッコイイんですよ。フラメンコは何の個性もないと埋もれてしまう世界なので、いろんな人のいいところだけを吸収しながら自分のものにし、何かの個性で飛び出して自分たちならではの音楽を奏でていきたいですね」(健太郎さん)
唯一無二のフラメンコギター・デュオである徳永兄弟が、今後どこまで飛躍し、個性と魅力に磨きを掛けていくのか楽しみですね!
文:上村真徹
〈プロフィール〉
兄・徳永健太郎は1991年、弟・徳永康次郎は1993年生まれ。幼少期から父・徳永武昭の下でフラメンコギターの演奏に親しみ、中学卒業後にスペイン・セビージャのクリスティーナヘレンフラメンコ芸術学院に入学。本場スペインで腕を磨き、日本フラメンコ協会新人公演奨励賞ギター部門を兄弟共に2年連続受賞するなど数々の賞に輝く。2012年にデュオを結成し、日本とスペインを行き来しながら様々な舞台で活躍を続けている。2014年に自主制作で1stアルバムをリリースし、結成10周年を迎えた2022年には日本コロムビアからメジャーデビューアルバム『NEO FLAMENCO』を発表。
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YouTube https://www.youtube.com/@tokunagabro.9239
〈公演情報〉
セシオン杉並 Meet The Artists vol.3
徳永兄弟 フラメンコギター ダンス&パルマ
2025/2/15(土)
セシオン杉並(ホール)
「Bunka Baton」では、“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語っていただきます。ぜひご覧ください。
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