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オーケストラの楽譜を管理し整備する音楽のスペシャリスト/ライブラリアン
文化芸術を支える“裏方の役割”にスポットライトを当てる「Behind Bunka」。今回はライブラリアンです。東京フィルハーモニー交響楽団(以下、東京フィル)に所属し、演奏に必要な楽譜を準備・管理している武田基樹さんに、想像を絶するほど細かくて大変な仕事の内容や、ライブラリアンとしてのやりがいとこだわりについて語っていただきました。
楽譜を管理するだけではない!
ライブラリアンの作業はこんなに大変
オーケストラには、表舞台である公演で演奏する楽団員以外にも多くのスタッフが携わっていて、それぞれが公演を成功へ導くために不可欠な役割を果たしています。その1人が、演奏に必要な楽譜の準備や管理を担うライブラリアンです。ライブラリアンは英語で「図書館員(司書)」も意味するため、その役割を「倉庫にしまっている楽譜を管理し、必要に応じて引っ張り出す仕事」と捉える方もいるかもしれません。しかし実はそんな単純なものではなく、公演前から本番へ至るまでに、とてつもなく難しい作業を行っているのです。
ライブラリアンの仕事は、公演数ヵ月前に演奏曲が決定した時点からスタート。楽譜は複数の出版社から出版されていて、同じ曲でもそれぞれ書き込み内容が異なるケースが多いため、どれを使うかまず指揮者と打ち合わせてから楽譜を用意します。該当する楽譜を自分たちが持っているかどうかデータベースで検索し、持っていない場合は購入したり、著作権の都合で販売されていない場合は出版社からレンタルして取り寄せます。
そして楽譜が手元に揃ってから行うのが、中身の精査。実は楽譜は、誤植がとても多いため、事前の細かいチェックが欠かせないのです。この作業は「音の高さや長さが間違っていたり、一部の楽器だけ楽譜がないこともあり、その場合はライブラリアンが資料を確かめながら楽譜を修正します。あまりにも修正を加える箇所が多い時は、自分で新たに楽譜を書き起こしています」と武田さんが語るように、細心の注意が不可欠であり作業量も膨大! 楽譜の精査には、演奏に必要な楽器の種類や数(楽器の数と演奏者の人数)を洗い出して事務局に伝える目的もあります。
楽譜の精査が終わると、指揮者からの指示を基に、パート内で統一する弦楽器のボウイング(音を出す際に弓を上げ下げする動き)など演奏の指定を記入します。過去に使った記入済みの楽譜がある場合はそのまま使用するのが一般的ですが、同じ音でも弓を上げて弾くか下げて弾くかによってニュアンスが大きく変わるため、好みのボウイングがある指揮者の場合は専用の楽譜を用意するそうです。そうして楽譜がすべて整ったら、各楽器の楽譜をパートごとにバインダーで束ねて、練習で使えるよう楽団員に渡します。
ここでライブラリアンとしての仕事はいったん落ち着きますが、リハーサルを通じて指揮者の指定に追加・変更が生じたら楽譜に書き加えたり、演奏中にページがめくりにくかったら譜めくりの箇所を変えたりと、練習が始まってからも常に稼働。本番が終了し、楽器ごとに分けていた楽譜を1つにまとめ、どんな公演でどのように使ったかデータベースに記録したところでようやく役割を終えます。しかし実際は、複数の公演の楽譜を並行して準備する必要があり、アシスタントと分業しても息をつく暇がないそうです。
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楽譜と1日中向き合えるライブラリアンは天職
武田さんが東京フィルのライブラリアンに就いたのは、NHK交響楽団で7年間アシスタント経験を積んだ後の2014年のこと。しかし最初からライブラリアン志望だったわけではなく、その前は作曲・編曲家として活動していました。いったいどういう経緯でライブラリアンへの道に至ったのでしょう?
「子どもの頃から印刷物が大好きで、印刷機や出版の歴史を調べたりしていました。その一方で音楽も好きになり、作曲や編曲の仕事で楽譜を自分で書いたり、過去のいろんな作曲家の楽譜を読み込んで研究するようになりました。そうするうちに『もしかして自分は音楽よりも楽譜が好きなんじゃないか』と気づいたんです。その矢先に、なじみの写譜屋から『楽譜が好きだったらこういう仕事があるよ』と誘われ、ライブラリアンになろうと決めました」
先ほどご紹介した一連の仕事内容からも分かるように、ライブラリアンには音楽に関する幅広い知識や高度な理解が不可欠ですが、学校などで専門のメソッドを教わる仕組みはなく、ほとんどのライブラリアンはもがきながら自分のやり方を築いていきます。武田さんも例に漏れず、誰かに師事することなくライブラリアンとしてキャリアを始めましたが「楽譜をいじってるのが本当に楽しくて、1日中でもやり続けられます」と語るように、大変に思うことはなかったそうです。
その一方、日本でプロとして活動しているライブラリアンは50人程度しかいないので、分からないことや困ったことがあると互いに連絡を取り合い、みんなで助け合っているのだとか。武田さんも自分のメソッドに自信を持つ一方、「東京交響楽団に長年在籍されていた武田英昭さんや、オペラとバレエを専門とする新国立劇場の荒木伸一郎さんなど、日本中のライブラリアンが尊敬するような方たちから多くのことを教わりました」と語るように、他の人のメソッドで良いと思ったものは貪欲に吸収してきました。
ちなみに、ライブラリアンになるために必要な資格や試験はなく、意欲さえあれば誰にでも門戸は開かれています。では、ライブラリアンに向いているのはどんなタイプなのでしょうか? そんな疑問を投げかけたところ、武田さんは自身に重ねながら「ちょっと心配性の方が向いていると思います。楽譜の細かいところまで気にして行う作業が多いので、大らかすぎる性格だと失敗することが多いですね」と教えてくれました。しかし、あまりにも心配が絶えない仕事なので、寝ている間に夢でうなされることも少なくないそうです。
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いい演奏のため、そして東京フィルの伝統と未来のため
人が気づかない細かいところまで楽譜にこだわる
いろんな分野のプロフェッショナルに仕事のやりがいについて尋ねると、多くの場合が有形・無形の何かを達成したことを挙げてくれるのに対し、武田さんの答えはそれとは逆に「僕が表に出ないこと」というものでした。
「ライブラリアンである僕が目立つ状況というのは、楽譜にまつわる何かが間違っていたり変更する必要が生じるなど、良くない状況なんです。逆に、僕が目立たない状況は、悪いことが起きずスムーズに回っているということで、言い換えると僕の仕事がしっかり機能しているわけです。そういう意味で、ライブラリアンは何事もない状況を作るために仕事をしているとも言えます」
このように自らの存在や貢献が前面に出ないことを良しとする一方、武田さんは自分が整備する楽譜そのものに強い誇りと譲れないこだわりを抱いています。
「ちょっとおこがましいとは思いますが、僕は自分で整備した楽譜を“自分の作品”だと考えています。僕がいい楽譜を作れば演奏も良くなると信じているので、そのためにも己に対して高い要求を課しながら自分が納得できる楽譜を作るようにしています。まだまだ楽譜の完成度を高める余地はあると思っているので、時間が許されるならもっと細かい部分までこだわりたいですね」
また、武田さんが日々整備し管理する楽譜は、“東京フィルならではの音”の記録でもあります。「同じ曲でもボウイング1つで演奏は変わり、それが各オーケストラの個性になります。また、さまざまな指揮者と共演した奏者たちがそのつど楽譜に書き込み、東京フィルに代々伝わっている演奏方法もあります。そうした “東京フィルの伝統”を大切に守りつつ、さらに新しいものを築き上げていきたいですね」
楽譜を通じてオーケストラを支え、楽器を持たずに音楽を奏でる──。そんなライブラリアンの存在を頭の片隅に置いておくと、演奏会がより深みのあるものに感じられ、いっそう心を揺さぶられるかもしれませんね。
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文:上村真徹
〈プロフィール〉
作曲・編曲家として音楽活動をスタート。2007年からNHK交響楽団のライブラリアンのアシスタントを務め、2014年に東京フィルハーモニー交響楽団のチーフ・ライブラリアンに就任。年間300以上にも及ぶ公演の楽譜を準備し、オーケストラを支えている。
〈公演情報〉
東京フィルハーモニー交響楽団
第1010回オーチャード定期演奏会
2025/2/24(月・休)15:00開演
会場:Bunkamuraオーチャードホール
〈公演情報〉
東京フィルハーモニー交響楽団
《渋谷の午後のコンサート》(全4回)
2025/4/29(火・祝)、6/8(日)、8/3(日)、10/13(月・祝)14:00開演
会場:Bunkamuraオーチャードホール
「Behind Bunka」では、文化芸術を支える“裏方の役割”にスポットライトを当て、ご紹介しています。ぜひご覧ください。
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