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諦めることのない連携プレーをどんな作品でも貫きたい/舞台監督の仕事

“プロ中のプロ”として、さまざまな芸術作品の土台づくりを担うプランナー&スタッフに迫る「Behind Bunka」。今回は、創作の過程すべてを把握し見守る舞台監督の仕事について深掘りします。取材させていただくのは、幼い頃から「つくる」喜びにめざめ、長じて故 蜷川幸雄さんの薫陶を受けた足立充章さん。現在上演中の舞台『台風23号』、その制作開始から間もない2024年9月初旬に、稽古場でお話をうかがいました。個性豊かなアーティストの創作に寄り添い、共に歩む仕事人のこだわりと喜びとは?


初めての道具づくりは猟師のライフル!

小道具から建物、さまざまな仕掛けに衣裳、音響、照明、映像など舞台上に乗るもの全てを把握し、稽古から本番まであらゆる創作が滞りなく進むよう調整する舞台監督の仕事。専門的であると同時に多彩な技術や知識が必要で、長い期間をかけた修行を経て就く職業に思えますが、「学生時代から舞台に関わる仕事が好きで、多くの現場に関わらせていただきました。その中で多くの先輩方、演出家さんやプランナーさんとの出会いに恵まれ、結果的に舞台監督という職業に辿り着けたように感じているんです」という、意外な言葉から足立さんの話は始まりました。
「イメージしたものを形にする、作ることは子どもの頃から好きでした。幼稚園の発表会でアンデルセンの『みにくいアヒルの子』を上演した時、なぜか“猟師の銃を作って”と頼まれて。僕はイヌ役で自分では使わないのに、一つ作ったら二つ目の発注が来た(笑)。考えてみると、アレが何かを作って褒められた最初だった気がします」
“神戸のはしっこ”で育ち、中学・高校では運動部にも入ったけれど、高校も終わり近くで芸術大学への進学を決意したそうです。「絵が描ければあとは小論文くらいだったから」と謙遜しつつも見事合格! 在学中の志望は舞台美術家でした。
「でも早々に大学のカリキュラムが自分に合っていないと気づいて(苦笑)。早く自立したかったこともあり、大学の先輩の伝手を頼って演劇の現場に入り、セットを作ったり演出部のような仕事を手伝ったりし始めました。張り切り過ぎて、平台や木脚(舞台上の平台を支える脚)までバラして木材に戻してしまったことも(笑)。現場の仕事がどんどん面白くなっていきました。で、ある時、東京製作で関西ツアーのある作品の現場に入ったんですが、バラシ後に東京に戻るトラックに乗せてもらい、そのまま東京に出てきてしまったんです」

独り立ちを決めたのは蜷川さんの言葉

昭和の香りさえ感じられる勢いある上京エピソードは、作品制作を冷静に仕切る足立さんの普段の仕事ぶりからは意外に思えます。東京でも、熱心に働く足立さんの姿勢はすぐに認められ、大道具制作会社の方に誘われて工場で働くことに。「でも一つの部署で働き続けるより、作品ごとにいろいろな土地の劇場やホールに出向く仕事が続けたかったんです。なので、演出部の仕事を始める先輩にご一緒させていただくことに。そこで、亡くなった蜷川幸雄さんの作品に参加させていただくことになりました」
初めて蜷川組の演出部に入ったのは1998年、真田広之さんと松たか子さんによる『ハムレット』の再演。
「細工や仕掛けを考え・つくることが好きだったので、蜷川さんからもらったお題、例えば分厚い本を重くなり過ぎないように紙を蛇腹に折って厚みを出すとか、そういう工夫がとても楽しかった。蜷川さんが細かいところまでよく見て、“良いアイデアだな、ありがとう”と褒めてくださるのも嬉しかったですね。そうして35、6歳の頃から、独り立ちした舞台監督として依頼を受けられるようになりました。さらに、蜷川さんからも“そろそろいいんじゃないか”という言葉をいただき、『盲導犬 ―澁澤龍彦「犬狼都市」より―』(2013年)でBunkamuraさんの公演での舞台監督デビューを果たしたんです」
そんな足立さんが舞台監督として大事にしているのは、「できない」と言わないことだそう。
「時には物理的にできそうもない要望を出す演出家さんもいます。でも“できない”というと話はそこで終わってしまう。一見不可能なことを、“どうすればできるか”を考えるのが僕らの仕事で、演出家さんらアーティストに担当それぞれのプランナーさん、僕や演出部が加わることでいくつもの知恵や工夫がビリヤードの玉のように行き交い、ぶつかり、最終的にポケットインする。そんな諦めることのない連携プレーを、どんな作品でも貫きたいと思っています。だって稽古の初日時点では、誰も舞台に乗った作品の絵姿を知らない訳ですよね? それをお客様に観ていただくまでにしていく過程は奇跡のようなもの。味わい尽くさないと勿体ないですよね」

足立さんが舞台監督として携わったシアターコクーンの演劇公演。 左上:『盲導犬 ―澁澤龍彦「犬狼都市」より―』(2013)/右上:『鉄腕アトム「地上最大のロボット」より プルートゥ PLUTO』(2015)/左下:『ハムレット』(2019)/右下:『パ・ラパパンパン』(2021)

舞台芸術を巡る環境をより良くするために

10月は冒頭でも触れた、THEATER MILANO-Za初登場となる赤堀雅秋さんの新作『台風23号』が足立さんの仕事場。赤堀作品との向き合い方について伺うと、「赤堀さんの現場は読めないところが多いんですよ」という答えが。
「“自分の作品をドラマティックに見せたい”と思われる方のほうが多いと思うんですが、赤堀さんは過剰なドラマティックさや劇的要素を徹底して避ける。そこが面白いし、演出家としてのストイックさは僕の好きなところ。なので赤堀さんの意図、求めるところをしっかり見極め、俳優の方たちも観客も共に芝居に集中できるような舞台空間をつくるのが僕らの仕事だと思っています。『台風23号』の舞台では、小さな港町の家並みを写実的に再現していますが、そこに一つでも不自然なものが混じってしまうと、観劇を邪魔するノイズになってしまう。フォーカスするのは一人ひとりの登場人物。それ以外はあくまで自然かつリアルであることが、赤堀作品にとって大切なことだと思っています」
最後に、仕事のうえで今後取り組みたいことや課題があるかを訊いてみると……。
「劇場や制作会社によっては、舞台の裏側を観客に見せる“バックステージツアー”をすることがあるですが、ああいう機会が増えて僕自身ももっと関われたらいいなと思っているんです。作品が魅力的なことはもちろん、裏側でどんな工夫がされていて、どんな人たちが仕事をしているかを知ってもらえたら、もっともっと舞台芸術に興味を持つ人が増えるんじゃないかと思うので。同じ理由で、日本でつくった作品の海外公演にも積極的に関わりたいと思っています。
おそらく、舞台監督の仕事の部分はご一緒させていただく作品やアーティストが変われば、自ずと更新され、進化していくもの。でも創作以外の部分、舞台芸術を巡る環境のためにもスタッフだからこそ、できることもあるような気がしているんです。また若い世代の方たちも僕と同じように、現場で仕事を経験し、学びながら自分の道を探る機会があればいいなと考え、仲間と会社も作りました。そんな“場所”を守るためにも、頑張らなければと思っています」

文:尾上そら

〈プロフィール〉

1998年、蜷川幸雄演出『ハムレット』に舞台監督助手として参加。2011年、文化庁新進芸術家海外留学制度研修員としてイタリアのテアトロ・キズメットの創作に携わる。阿佐ヶ谷スパイダースのメンバー。赤堀雅秋作品には『ボイラーマン』『蜘蛛巣城』に参加している。近年の主な作品に、『パ・ラパパンパン』『フリムンシスターズ』(共に松尾スズキ演出)、『パンドラの鐘』『血の婚礼』(共に杉原邦生演出)、『舞台・エヴァンゲリオンビヨンド』(シディ・ラルビ・シェルカウイ原案・構成・演出・振付)、『アメリカの時計』(長塚主史演出)、『未来少年コナン』『ねじまき鳥クロニクル』(共にインバル・ピント演出・振付・美術)など。
株式会社Smile Stage https://www.smilestage.me/

〈公演情報〉
Bunkamura Production 2024
台風23号

2024/10/5(土)~10/27(日)
THEATER MILANO-Za (東急歌舞伎町タワー6階)
大阪、愛知公演あり

「Behind Bunka」では、文化芸術を支える“裏方の役割”にスポットライトを当て、ご紹介しています。ぜひご覧ください。