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超絶リアリズムで彫刻の新たな領域を切り開く/上路市剛さんインタビュー

“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語る「Bunka Baton」。今回は、徹底した再現力でリアルな人物造形を追求する現代美術作家の上路市剛(かみじ いちたか)さんにインタビュー。驚異的なリアリティを具現化する創作プロセスや、リアリズム彫刻に込められた思いについて語っていただきました。

驚異的なバイタリティでリアリズム彫刻を独学マスター

幼い頃から工作が好きで、小学校の先生が学生時代に描いたというデッサンを見せてもらった瞬間「これがやりたい!」とアートに開眼したという上路さん。中学時代から本格的に絵の勉強を始めて美術専門高校へ進学しますが、そこから彫刻の道へ進むようになったのは、意図せぬ選択がきっかけでした。
「当時は漫画家志望だったんですが、なかなか人物の絵がうまくならなくて…。そんな時、高校の先生や先輩から『彫刻がうまくなれば絵もうまくなる』と聞き、粘土で彫刻を作る塑像を高校1年の冬ごろから始めました。僕は指の延長みたいに感じられる道具までしかうまく扱うことができず、絵筆だとちょっと遠く感じますが、彫刻なら大半のことは手でできるんです。自分の手で直接コントロールできる感覚が刺激的で、たちまち彫刻にハマりました」
美大への進学をご両親に反対され「教育大学で美術を学ぶ」という妥協点を見出した上路さんは、京都教育大学教育学部美術領域へ進学。その入学前に、自身の創作スタイルを左右する運命的な“出会い”を果たしました。
「当時、ブロンズ像などいろんな人物彫刻を見るたびに、人を作っているはずなのに写実的ではない表現に違和感を抱いていて、『僕はちゃんと人を作りたい』と強く思っていました。そんな中、ロン・ミュエックというハイパーリアリズムの巨匠の彫刻作品展が金沢21世紀美術館で開催され、カタログを手にした瞬間『これだ!』と思ったんです」
こうしてリアリズム彫刻という理想の創作スタイルを見つけたものの、作り方が一切分からず、大学でも彫刻に特化した指導を受けられない…。そこで上路さんは、メイキング動画で紹介されるミュエックの制作過程を再現したり、造形材料のシリコンの取り扱い業者を直撃して使い方を教わったり、ひたすら独学に励みました。さらに自分の力だけで限界を感じると、京都芸術大学で学生がアーティストの制作現場を体験できるプロジェクトに特別に参加させてもらったり、大阪芸術大学で客員教授を務めていたハリウッドの特殊メイクアーティストから技術を教わったり、さらに卒業後も特殊メイク工房「自由廊」のスクールに通うという驚異的なバイタリティで、リアリズム彫刻に必要な知識と技術を習得したのです。
「京都芸術大学のプロジェクトでお世話になったヤノベケンジさん(現代美術作家)からは、制作の締切に気合いで間に合わせるタフさを教わりました(笑)。あと、当時いろんな方から教わりながら得た人脈は、今でも活動の糧になっています」

在学中に『ジュリアーノ・デ・メディチ』『サン・ジョルジョ』『ミケランジェロ』の3作品を完成させ、大学卒業前の2015年3月に初個展を開催した上路さん。「お世話になった方々に見に来ていただいても恥ずかしくないよう、大学の卒展ではなく個展を開きたかったんです。ヤノベさんもちゃんと来てくださって『ええやん!』と言っていただきました(笑)」
『ミケランジェロ』 制作年:2015
サイズ:H60×W45×D35cm
素材:シリコン、FRP、樹脂、人毛、他

作品に命を宿らせるには“彫刻”へのこだわりが不可欠

本物の人体と見まがうほど細部までリアルに再現された上路さんの彫刻作品は、一体どのようにして作られているのでしょう? 基本的な流れはブロンズ像などの鋳物の技法とほぼ同じで、まず粘土で毛穴やシワなどの細部まで彫刻を施した原型を作ってからシリコンで型を取り、完成した型の内側に薄く粘土を敷き、さらにその内側にFRP(繊維強化プラスチック)を貼り込んで鋳物の中子(なかご。鋳物に空洞を作るために使う鋳型)のような硬いコアを作成。そして粘土を取り除き、シリコン型とコアの間に生じる隙間にシリコンを流し込むことで成形しています。最後に植毛など表面の加工を施して仕上げとなりますが、実はそれ以前の彫刻工程こそが作品のリアリティを大きく左右するのだそうです。
「映画の小道具ではなく彫刻作品として展示する目的で作っているので、ただリアルなだけでなく、展示に堪えうるものを作らなければいけません。僕の作品は人物の毛穴やシワまで再現していますが、それらはあくまで表面処理で“おまけ”のようなもの。そのベースとなるボリューム(物体の形状や大きさのこと)を美術のメソッドに基づいてしっかり作らないと、彫刻作品として成り立たないんです。それに、彫刻がしっかりしていないと毛穴やシワも本物らしく見えません。『表面が細かく作られているから素晴らしい』と言われると僕には少し疑問で、自分としてはロダンやミケランジェロの彫刻と同じ次元で作っています」
「展示に堪えるものを作る」という上路さんの制作ポリシーは、作品そのものだけでなく展示環境にも意識が及んでいます。
「彫刻とは空間を作ること。『とりあえず作ろう』ではなく、照明なども含めた展示環境を頭に入れた上で、その空間に作品をどう置くか、そしてお客さんにどのように見てほしいかまで、作品ごとに考えながら制作しています。特に、個展用にすべて新作を作るとなると、会場を下見して空間全体をどう見せるかしっかり考えますね」
上路さんの彫刻作品を見る際に感じられる圧倒的なリアリティは、毛や目鼻などのパーツが精巧なだけでなく、このように存在自体のリアリティを追求しているからこそなのです。

取材当日に義眼を持参してくれた上路さん。人の手では不可能なレベルの細かい形状を3Dプリンターで再現した虹彩など、各パーツを別々の層に分けて制作し、それらを重ね合わせることでリアルな質感を実現したものです。10代の頃、世界的な特殊メイクアップ・アーティストのカズ・ヒロさんに「目はどうやって作ればいいですか?」と質問した際に「そうなっているふうに作ればいい」と答えられ、今もその教えを忠実に守っているそうです。

偉大なアーティストたちの美意識への共鳴が創作意欲の源

上路さんの彫刻作品は、ミケランジェロ、運慶、カラバッジョなど美術史に残る作家たちが手がけた名作が主なモデルやモチーフとなっています。一体どのような基準で選んでいるのでしょう?
「基本的には僕が好きな作品をモデルやモチーフにしています。あえて共通点を探すと、『ミケランジェロがこの作品を作った気持ちがよく分かる』というふうに、作り手に共感できるものを選ぶ傾向にあるかな。彼らと同じ美意識、あるいはそれをより補強するように作れたら面白いなと考えています」
ここで挙がった“美意識”というキーワードについてさらに詳しく尋ねたところ、上路さんの創作意欲にまつわる独自のポリシーを聞くことができました
「僕はゲイなのですが、ゲイやバイセクシャルの人たちが作った絵や彫刻はその人の嗜好が顕著に出ていて、一目見て『絶対これは男性が好きで作ってるよね』と分かるんです。ミケランジェロやカラバッジョもゲイだったのではないかと言われていて、実際に彼らの作品から同性愛的な美意識を過敏に感じることができます。でも、そういう性欲は創作意欲の源として大事だと思うんです。人物なんて大変なモチーフでリアルな彫刻を作るなんて、何の理由もなくできることではありませんから。理由は人それぞれですが、それが“人間が人間に対して感じる魅力”である性欲だと分かりやすいし、逆に健全なこと。そうしたエネルギーを込めた作品には、普遍的な美しさや魅力が宿ると考えているので、僕もその境地まで至りたいですね」
創作物に現実の肉体を与えるかのようなリアリズム彫刻を追求する上路さんの作家性は、肉体の再現力はもちろん、こうしたモデル・モチーフ選びのこだわりにこそ宿っていると言っても過言ではないでしょう。

ミケランジェロのダビデ像から着想を得た『ダビデ』と、ダビデが倒したという巨人ゴリアテの生首を再現した『ゴリアテ』。いずれも企画展『インサイド リアリズム ―超写実絵画と超絶技巧―』で展示します。「よく見ると『ダビデ』はちゃんと鼻毛も生えているので、ぜひ注目してください」とのことです。
『ダビデ』
制作年:2023
サイズ:H50×W27×D23cm
素材:シリコン、FRP、レジン、人毛 他

胸像から全身像へ──リアリズム彫刻のさらなる挑戦

2025年1月からBunkamura Gallery 8/で総勢30名以上の人気作家を紹介する企画展『インサイド リアリズム ―超写実絵画と超絶技巧―』を開催し、上路さんも2019年制作の『ゴリアテ』と2023年制作の『ダビデ』を展示します。作品鑑賞の注目ポイントを尋ねたところ、「あまりステートメントで鑑賞に縛りを設けたくないので、とにかくリアリズム彫刻を楽しんでほしいと思います。僕の作品はカメラで撮影すると顔認証されるので、そういうちょっとした遊びも楽しんで、どんどんSNSにアップしてほしいですね」と語ってくれました。実はこの2作品は「それまでは試行錯誤しながら制作を進める側面があったけど、技術的に『“首から上”はもう大丈夫だな』と確信できるものに仕上がった」という理由から、上路さんにとって印象深い作品なのだそうです。
自他ともに認めるリアリティの到達点にたどり着いた上路さんですが、彫刻の新たな領域を切り開くべく今後もさらなる挑戦を続けていくつもりです。
「『ダビデ』で技術的な確信を得たことによって、今後も胸像だけ作っていくと創作が惰性になりそうだなと感じています。そこで、コンプライアンス次第ではありますが、ヨーロッパ的に言うところの伝統的な全身ヌードの人物像を作ってみたいです。型と型の合わせ目のライン処理という、とてつもない時間と労力を要する高精度な工程を全身にわたって行うことができるのかという不安はありますが、何とか30代のうちに全身像を作れるようになって個展を開きたいですね」
20代で自らの創作に一区切りをつけ、30代から新たなチャレンジに目を向ける上路さんの今後に注目しましょう!

文:上村真徹

〈プロフィール〉

1992年大阪府生まれ。2015年に京都教育大学教育学部美術領域を卒業。同年に初個展を開催し、「SICF16」準グランプリを受賞。モチーフとする人物の肌の質感まで再現するという、徹底的にリアリズムを追求した彫刻作品を手がけ、個展・グループ展・国内外のアートフェアで発表している。2023年に作品集『受肉/INCAENATION』を出版。

ホームページ https://ichitakakamiji.com/
X @ichitaka_kamiji
Instagram @ichitaka_kamiji

〈展覧会情報〉
インサイド リアリズム
-超写実絵画と超絶技巧-

開催期間:2025/1/18(土)~2/9(日)
会場:Bunkamura Gallery 8/ (渋谷ヒカリエ8F)

「Bunka Baton」では、“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語っていただきます。ぜひご覧ください。

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