世界に羽ばたいたチェリストが追求する理想の演奏/佐藤晴真さんインタビュー
“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語る「Bunka Baton」。今回は、2019年に伝統と権威あるミュンヘン国際音楽コンクールのチェロ部門で日本人初優勝を成し遂げた佐藤晴真さんに、快挙の裏側やこれまでの軌跡を振り返りながら、自らにとっての理想の演奏について語っていただきました。
パガニーニの名曲とともに開かれた“チェリストへの扉”
佐藤さんがチェロと運命的に出会ったのは4歳のこと。お兄さんが通っていた音楽教室の発表会を見に行った際、ゲスト出演したチェリストの中木健二さんの演奏を聴くや「チェロの音というより、中木先生がつくり上げる音の空間に魅了されました」と興味を抱き、中木さんも師事した林良一先生の下で6歳からチェロを習い始めました。
そして小学5年生の時に大きな転機が訪れます。それまでは与えられる課題曲を練習するだけでしたが、林先生の息子である林裕さんの無伴奏チェロ曲集CDに収録されていたパガニーニのカプリース第24番のチェロ編曲版を聴き、「この曲を演奏したい」という自発的な意志が初めて芽生えたのです。
「この頃からチェロの音の魅力を自ら追求するようになりました。練習が大変な時もありましたが辛く感じたことはなく、演奏しないと落ち着かないというか、それこそルーティーンのようなものでしたね」
それ以降ますますチェロに打ち込むようになった佐藤さんは、東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校に進学。さまざまな教えを自らの糧とし、めきめき成長を遂げていきました。
「東京で師事した山崎伸子先生から、初めてレッスンに伺った際『立派な音が出せるようになりなさい』と言われました。いろいろ考えさせられる言葉で、今でもよく覚えています。また、僕があれこれ考えすぎるせいで演奏にあまり感情が出ない時期があったのですが、山崎先生はそうした僕の性格を見抜いて『いろいろ考えるのは練習まで。舞台では心で弾きなさい』とおっしゃったんです。この言葉もとても心に残っています」
また中学時代には、幼い頃に憧れた中木さんから個人レッスンを受ける機会も得ました。「楽譜に書かれていることの解釈の仕方や、フレーズからフレーズへのつながりなど、音楽のシステムを機能的に教えていただきました」といったロジカルな指導を受けることで、チェリストとしてさらに一段階ステップアップを果たしたのです。
ドイツ留学でさらなる高みへ!ミュンヘン国際音楽コンクール1位の快挙の裏側
日本音楽コンクールチェロ部門1位など、学生時代に数々のコンクールに出場して結果を残した佐藤さんは、さらなる成長を求めて大きな決断を下します。それはベルリン芸術大学への留学です。
「高校生の時に出場したチャイコフスキー国際コンクールのチェロ部門でアンドレイ・イオニーツァが優勝し、『彼はどんな人からどんなことを教わっているんだろう』と興味が湧き、イェンス=ペーター・マインツ先生のことを知りました。もともとドイツ音楽が肌に合うと感じていたこともあって、先生が教授を務めるベルリン芸術大学へ留学したんです」
ドイツへ渡る前、佐藤さんは「ドイツ人は固い演奏をする人ばかり」という印象を抱いていたそうですが、マインツ先生から受けたレッスンはそうしたイメージを大きく覆すものでした。
「マインツ先生はニュアンスを大事にする人で、例えばハイドンの曲もどっしり弾くのではなく、疾走感がありながら細やかなニュアンスも併せ持っていて、軽やかなのにとても心に響くんです。自分が今まで考えていた『曲の構成はこうあるべき』という考え方が良い意味で打ち砕かれ、チェロ演奏の新しいチャンネルを得ることができました」
そして2019年、佐藤さんは若手音楽家の登竜門として世界的に名高いミュンヘン国際音楽コンクールに出場。その前年に初めて国際音楽コンクールにチャレンジした際は「練習室にこもりっきりで、朝から晩までコンクールの課題曲を演奏する生活を送っていた」そうですが、ミュンヘンではイメージトレーニングを中心とする練習に取り組み、より深みのあるアプローチで演奏することに成功したのです。
「演奏の物理的な側面にとらわれず、『ここはこう弾けるかもしれない』といったアイデアをいろいろ試行錯誤しながらイマジネーションを育てていきました。そのおかげで、万全の準備を整えつつ力を抜いた状態で本番に臨むことができました」
そして見事にミュンヘン国際音楽コンクール1位という快挙を達成し、大きな注目を集めるとともに演奏会に出演する機会も増えた佐藤さん。そうした自らを取り巻く環境が変化する中で強く感じたのは、喜びよりも責任感でした。
「僕がコンクールに出るのは『自分が良いと思っている演奏は、今現在、世界でどれぐらい認められるものなのか』という試す気持ちがあり、そうした意味で確信を得られた満足感はありました。しかし、一度“コンクール1位”という冠が付くと、常にその期待を上回る演奏が求められるんです。受賞後に中木先生から『大変なのはこれから』と釘を刺されましたが、まさにその通りで、期待以上のパフォーマンスをしなければいけないという責任感の方が強かったですね」
このように、自らを取り巻く環境が変化しても決して自分を見失わない芯の強さこそが、佐藤さんの演奏における進化や魅力の原動力になっているのかもしれませんね。
作曲家が意図した音を出せるチェリストになりたい
かつて山崎先生から「立派な音が出せるようになりなさい」という言葉を掛けられた佐藤さんは、今現在、その境地にたどり着けているのでしょうか?
「ビブラートを豊かに掛けるなど技術的にはいろんな要素があると思いますが、立派な音というのは“聞いていて安心感がある音”ではないでしょうか。それは音を出す人の人間性にも関わるでしょうし、年齢や経験を重ねないと分からないこともあるでしょう。そう考えると、いろいろ悩んだ人こそが立派な音を出せる人なのかもしれません」
じっくり言葉を選びながら「立派な音」への解釈を答えてくれた佐藤さんが、日々の演奏で大切にしていること。それは、作曲家が楽譜を通して何を表現したのか見誤らないことです。
「現代において作曲家たちは実際に音を出せないので、彼らが残した楽譜の意図を見極めることが大切です。演奏家とは、何十年前とか何百年前に作曲家が残した素晴らしい曲という力を借りている立場なので、聴く人に曲の良さを一番感じていただけるように演奏しなければいけないと考えています」
曲が持つ魅力を本来の形で伝えることに徹し、独奏からコンチェルトまで幅広いレパートリーを演奏している佐藤さん。その中で今後特に探究したいと思っているのは、弦楽四重奏曲とバッハの無伴奏チェロ曲だそうです。
「クラシック音楽の作曲は4声体(4つの声部で構成された楽曲)が基本で、それはほとんどの作曲家の曲にも当てはまることです。弦楽四重奏曲のチェロを弾くことで、ソナタやコンチェルトにも相通じるものを勉強できるとともに、今まで持っていなかった音へのアンテナを得られるんじゃないかなと考えています。そしてバッハの無伴奏チェロ曲も、音の出し方など基本的な技術においてどの曲にも通じるものや、人間のDNAレベルで誰もが持っている普遍性のようなものが備わっています。そうしたエッセンスを自然に弾けるようになれば、どんな曲にも生きてくると思います」
ショパンのピアノ三重奏曲でチェリストが果たす役割は?
佐藤さんは2025年1月の「Piano's Monologue 亀井聖矢 ~オール・ショパン・プログラム~ 第2回 室内楽」に出演し、ショパンのピアノ三重奏曲を演奏します。実はこの曲は、佐藤さんにとって原点として特別な意味を持つものなのです。
「中学1年生の時に初めて室内楽を演奏したのですが、それがショパンのピアノ三重奏曲でした。楽譜をちゃんと読み込んで勉強するのが初めてで、新しい世界が始まった感覚がしたのを覚えています。当時の楽譜を後で見返すと、そこらじゅうに蛍光ペンでぐちゃぐちゃと印が入っていて面白かったですね(笑)」
ショパンが残した室内楽曲はわずか5つですが、ピアノ三重奏曲を含む4曲にチェロが入っています。佐藤さんによると実はチェリストの中にはショパン好きが多いそうで、佐藤さんも機会があればピアニストに「ショパンを演奏したい」と共演を頼んでいるのだとか。
「ショパンのピアノ三重奏曲はやっぱりピアノが華やかで大切な役割を担う曲なので、その辺は亀井君に任せます。その一方で僕は、室内楽においてチェロの役割として最も大事な“支える”こと、他の演奏家を“安心させる”ことに徹し、ピアノの華やかさを支えたいと思います」
こうした一歩引いた姿勢からも想像できるように「目立ちたがりなタイプではない」と自認する佐藤さんに今後の目標を尋ねたところ、その地に足の着いたスタンスにふさわしい答えが返ってきました。
「チェロの演奏は学ぶことが多く、生涯をかけて勉強していくもの。これからもずっと勉強を続けられるよう、心身の状態を保っていきたいと思います。特に20代のうちは勉強を意識していきたいですね」
ストイックにチェロを探究する佐藤さんは、今後どのような境地にたどり着き、どんな演奏を聴かせてくれるのか? これからますます目が離せませんね!
文:上村真徹
〈プロフィール〉
1998年、愛知県生まれ。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校在学中に全日本学生音楽コンクールと日本音楽コンクールで1位を獲得するなど、国内の音楽コンクールで多数の受賞歴を誇る。2016年からベルリン芸術大学へ留学し、2018年にヴィトルト・ルトスワフスキ国際チェロコンクール第1位および特別賞、2019年にミュンヘン国際音楽コンクールチェロ部門第1位を受賞。2020年には名門ドイツ・グラモフォンからCDデビューを果たし、国内外の主要なオーケストラと共演を重ねる一方、室内楽でも積極的に活動している。
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〈公演情報〉
Piano's Monologue 亀井聖矢 ~オール・ショパン・プログラム~
第2回 室内楽
2025/1/12(日)
Bunkamuraオーチャードホール
「Bunka Baton」では、“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語っていただきます。ぜひご覧ください。
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