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モーツァルトの傑作オペラを支えた天才台本作家とは?
16世紀末にイタリアでオペラが誕生して以来、名だたる作曲家たちが数々の名作を残しました。しかしオペラは作曲家だけで完成できるものではなく、優れた台本を執筆する作家の存在が不可欠です。そこで今回は、オペラ・ブッファの傑作と名高い『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』『コジ・ファン・トゥッテ』を手がけたモーツァルト&ロレンツォ・ダ・ポンテの黄金コンビを例に、作曲家と台本作家の密接な関係をクローズアップします。
台本作家はオペラの出来を左右する重要人物
オペラとは、音楽・文学・演劇・舞踊・美術などの要素を同時に含む舞台芸術。主な表現方法は歌唱で、台詞のほとんどが歌で表現されます。そのため音楽的な要素が特に注目され、オペラの作者=作曲家と認識されることもありますが、実は作曲家以外にも創作に欠かせない重要な当事者がいます。それは台本作家です。
自ら構想した独自の世界観を具現化するため台本も手がけたワーグナーのような一部の例外を除き、オペラはまず作家が神話や戯曲などの原作を基に台本を書き上げてから、作曲家が台本の台詞(歌詞)に対して音楽をつけます。そのため、歌詞の響きやリズム感は、台本の言葉選びや音節構成に大きく左右されます。さらに、歌詞はストーリーの進行説明だけでなく登場人物の個性や心情も表現する要素なので、いくら音楽が素晴らしくても歌詞が凡庸だと聴衆の心にはなかなか響きません。
そのことを十分理解している作曲家たちはオペラを作るにあたって台本にこだわり、ヴェルディに『椿姫』など多くの台本を提供したフランチェスコ・マリア・ピアーヴェ、プッチーニの三大オペラ『ラ・ボエーム』『トスカ』『蝶々夫人』の台本を手がけたルイージ・イッリカ&ジュゼッペ・ジャコーザなど、優れた台本作家と好んで組みました。それは、古典派の時代にオペラを総合芸術の域へ高めたといわれるモーツァルトも同じです。
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オペラの楽譜にはすべての台詞に音符が付けられ、さらに物語の情景や登場人物の所作を説明する「ト書き」も書かれています。 モーツァルトも作家が書いた台本に沿って、各所にト書きを加えていました。(写真は『ドン・ジョヴァンニ』序曲の楽譜)
オペラ・ブッファを代表する傑作を生んだモーツァルト&ダ・ポンテの黄金コンビ
モーツァルトは生涯に全21作品のオペラを手がけ、その中でも『フィガロの結婚』、『コジ・ファン・トゥッテ』、そして2025年2月にめぐろパーシモンホールでORCHARD PRODUCE オペラ企画第2弾として上演する『ドン・ジョヴァンニ』は、オペラ・ブッファ(喜劇的なオペラ)を代表する傑作として高く評価されています。実はこの3作品はすべて、モーツァルトがロレンツォ・ダ・ポンテというイタリアの詩人・台本作家と組んで作り上げたものです。
語学や詩作能力に優れていたダ・ポンテは、1780年代にウィーンに移ると宮廷劇場詩人として雇われ、作曲家のためにオペラの新作台本を書く役割を与えられました。そしてサリエリらとの共作を経て、戯曲『フィガロの結婚』のオペラ化を発案したモーツァルトと組む機会を得ます。当時流行していたオペラ・ブッファを得意とするダ・ポンテと、明るく華やかな音楽を持ち味とするモーツァルトの才能は抜群の相性でマッチし、完成した作品は上演されるやたちまち大ヒット。その後も2人は息ぴったりの共同作業によって『ドン・ジョヴァンニ』『コジ・ファン・トゥッテ』を生み出したのです。
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物語と人物描写に深みをもたらす言葉と音のコラボレーション
モーツァルトとダ・ポンテが組んだ期間はわずか4年半で、完成させたオペラも3作品のみですが、いずれも傑作と名高いものに仕上がりました。その要因は、ダ・ポンテが紡ぎ出す完成度の高いドラマと豊かなキャラクター描写、そしてそうしたエッセンスを音楽で表現するモーツァルトの巧みな作曲にあります。
たとえば、『ドン・ジョヴァンニ』の主人公ドン・ジョヴァンニは、行く先々で女性を情熱的に誘惑する無節操な貴族。しかしダ・ポンテはこの不道徳きわまりない人物を、どこか人々を惹きつける魅力を備え、なおかつ複雑な内面を抱えたキャラクターとして描いています。そんなドン・ジョヴァンニの歌唱パートをモーツァルトは狭い音域で余裕を漂わせながら歌えるようにし、さらに所々に甘い声色やカリスマ性を感じさせる音楽をつけ、希代のプレイボーイを魅力的かつ人間味豊かに表現することに成功しています。
またダ・ポンテは、ドン・ジョヴァンニの自由奔放な生きざまに翻弄される周囲の人々も丁寧に描いており、さらにモーツァルトが彼らの心情をアリア(独唱)やアンサンブル(重唱)を通じて起伏豊かに表現。それは登場人物の内面を掘り下げるとともに、作品全体をよりドラマティックに盛り上げる効果も発揮していて、聴衆は心を揺さぶられずにいられません。なお、モーツァルトのオペラは物語が大きく動く箇所にアンサンブルが多用され、均整の取れた美しいハーモニーで人々の繊細な感情を表現しているので、ぜひご注目ください。
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言葉と音、文学と音楽が密接に共鳴することによって、音楽と劇のハイレベルな一体化が実現──。「これぞオペラ!」と喝采を挙げたくなる、2人の天才が到達したオペラの極致をぜひ味わってはいかがでしょうか。
文:上村真徹
〈公演情報〉
ORCHARD PRODUCE 2025
高砂熱学 PRESENTS
鈴木優人&バッハ・コレギウム・ジャパン×杉本博司 with G.B.Piranesi
モーツァルト:オペラ《ドン・ジョヴァンニ》
(新制作・全2幕・原語上演・日本語字幕付き)
2025/2/20(木)17:00開演
2025/2/21(金)17:00開演
2025/2/23(日・祝)14:00開演
2025/2/24(月・休)14:00開演
めぐろパーシモンホール 大ホール
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