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フィルムからデジタル上映に移っても変わらない役割と誇り/映写技師の仕事

文化芸術を支える“裏方の役割”にスポットライトを当てる「Behind Bunka」。第1回は、映画館のスクリーンに映画を投影する映写技師です。1982年から映写技師として活動し、渋谷パンテオン、町田とうきゅうル・シネマ、厚木ミロード、上野東急、池袋東急などで勤務し、現在のBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下を含めて映写技師歴42年になる秋元考夫さんが登場。実際にフィルムを触ってきた映写技師さんだからこそのエピソードを聞きました。


映画作品を、スクリーンを介して観客へ届ける大黒柱

映画作品を、スクリーンを介して観客に届けていく映画館。その映写を担う大黒柱が映写技師です。劇場スクリーンの観客席の後方上にある映写室から、映画を映写しています。
かつて多くの劇場映画は35ミリ幅のフィルムで撮影されてきました。完成した映画は、10分ごとなど小さく分けられたロールの巻となって映画館に届きます。映写には、複数のロールを2台の映写機にセッティングしながら上映していく“巻掛け”と呼ばれるスタイルが多くとられていました。フィルムの管理はもちろん、そうした“巻掛け”上映への準備なども映写技師が行ってきました。
近年ではフィルム撮影ではなくデジタル撮影が一般的になり、映画館での上映も映写機ではなく、プロジェクタ使用のデジタル化が浸透。日本映画製作者連盟による2023年の統計では、日本の映画館のスクリーンの98%がデジタル設備を導入しています。しかしフィルム映画のファンは今でも大勢います。デジタル上映のみならず、フィルム映画の上映も行っているBunkamuraの「ル・シネマ 渋谷宮下」では、デジタル機器を操作しての映写と映写機を使ってのフィルム映写、双方の作業を、映写技師が行っています。

Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下は、Bunkamura ル・シネマからフィルム上映を引き継いでいます。渋谷宮下は7Fと9Fの2フロアに分かれており、7Fが268席、9Fが187席の計2スクリーン。映写機と一部スピーカーをBunkamuraル・シネマから移設。7Fは4Kにも対応するようアップグレードし、35ミリフィルムの映写機も置かれています。 『ダーティハリー』『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』『アイズ ワイド シャット』ほか、ル・シネマが厳選した全15作品を貴重な35ミリフィルムで上映した、『35ミリで蘇るワーナーフィルムコレクション』や、『ゴーストワールド』公開記念としてフィルム上映を行った『ロスト・イン・トランスレーション』などに多くの人が集まりました。

フィルムを投影するだけではない
映写技師の腕の見せどころとは

かつて映写技師は国家試験が必要な免許制でした。秋元さんは、当時のフィルムも触ってきました。
「私が入ったときは、すでに国家試験はなくなっていましたが、フィルムはまだ昔のものでした。素材自体が、今のものとは全然違ったんです。昔のフィルムは燃えました。だから国家試験が必要だったんですね。燃えるし、パキっと簡単に切れてしまう。映写には高温の光をあてますが、フィルムが燃えると一気にぶわっと広がって火事になったんです。
今のフィルムは、簡単に言うなら下敷きの薄いもの。『JFK』(1991)あたりからポリエスターベースのフィルムに変わっていったのだと思います。今のフィルムも溶けますよ。でも、一コマが溶けるだけで、燃え広がりはしません。その代わり、機械は壊れますけどね」
2台の映写機を使用して上映していく“巻掛け”が行われていた時代、1本の映画を2つのロールに分けていたことによる、こんなエピソードも。
「昔、渋谷と上野で同じ映画を上映していました。2巻分で1セットのフィルムを、渋谷で1巻目の上映が終わったら上野に、上野の2巻目を渋谷にと、オートバイで行ったり来たり運んでいたそうです。“間に合わない!”と、しばらく上映が止まることもあったらしいですよ(笑)」
いま映写機にかけるロールは2巻に分けるのではなく、1本にまとめているとのこと。しかし、上映に耐えうる状態のフィルムとして1本にキレイにつないでいく、この作業こそが、映写技師の腕の見せどころになってきます。
「今はスプライサーと呼ばれる機器で、ロールを1本につないでしまいます。テープでガチャっとつなげていくんです。修復しながら。リワインダーを使ってフィルムの状態を点検するときなんかに、手を切ったりもしますけど、僕は作業が早いと思いますし、ボロボロだったフィルムも切らずにキレイにつなげますよ。覚えたのは勘です。昔から器用だったんです。
『博士の異常な愛情』(1964)をリバイバル上映でかけたときは大変でしたけどね。日本に1本しかないフィルムだからと言われて、しかもボロボロ。上映に耐えられる状態につなげるのに3日かかりました。フィルムの場合、傷や汚れが出てきますが、修復には切って貼り合わせるしかありません。そうすると切った部分はなくなるわけです。風景描写とかなら切っても分かりませんが、たとえば拳銃でバンっと撃ったその瞬間の一コマを切ったりしたら、そこがなくなっちゃうので大変です。貴重なフィルムだと、切ることもできませんけどね」
フィルムをつないだあとは、実際に映写機にかけてスクリーンに投影しながら、チェックしていきます。
「デジタル作品でも全部やりますよ。やっていないところもあるかもしれませんけど、頭から終わりまで全編かけて、おかしなところがないかチェックします。変な飛びがないかとか。以前、実際ドットが出たことがあります」
映写機にかけるまで、そしてスクリーンに映写するにあたり、映写技師の手によっていくつもの作業が施されているのです。

左上がスプライサー。フィルムを正確な位置で切断して、テープでフィルム同士をつなげます。その下、フィルムの巻き取りを行う機器がリワインダー。手回しハンドルの付いた二つのリワインダーに、フィルムの入ったリールと空のリールを取り付け、ハンドルをまわしてフィルムを送り出していきます。劇場映画用フィルムはほとんどが35ミリ幅。
映写機の置かれた同じ室内には、デジタル上映用の機器が置かれています。どんな予告編をどういった順番で組み、どの映画をどういったスケジュールで上映していくかといったスケジューリングだけでなく、映画本編もデジタルデータとして専用機器に取り込まれます。ちなみに本編データには、上映期間だけしか再生されないようにロックがかけられています。

映写技師冥利に尽きる
思い出の作品との“再会”

もともと映写技師になったのは、声を掛けられての“縁”だったと言う秋元さん。それでも学生時代から、映画は大好きだったそう。
「一番好きなのは『サウンド・オブ・ミュージック』です。僕は東京出身ですが、中学校のときに、学校団体といって、映画館を貸し切って映画を観る行事が1年に2回あったんです。1学年9クラスあったから全部で27クラスあったわけだけど、その全員が入れる映画館となると渋谷パンテオンくらいしかありません。だから中学のときから渋谷パンテオンで観ていました。それで映画を好きになったのもありますね。そこで『サウンド・オブ・ミュージック』を観て、でっかい画面で観たのがやっぱりすごかったですね。
もともと映写技師になるつもりはなくて、人がいなかったから声を掛けられただけっていう縁だったんだけど、でもそんなことで昔から映画は好きだったから、年間100本は観てたんだよね。そういえば、この仕事を始めてから、中学校のときにその学校団体をやっていた先生と何回か会ったんです。先生は違う学校に異動してましたけど」

ざっくばらんに終始素敵な笑顔で話してくれた秋元さん。もともと映写技師を目指してわけではなく、たまたま“縁”で、「やる人がいなくて呼ばれちゃったから」と話していましたが、周囲のスタッフいわく、フィルム上映作品が来ると「すごく嬉しそう」とのこと。お客さんもフィルム上映を楽しみに来ていることが、映写室までちゃんと伝わってくるそうです。

そうした巡りあわせの偶然はほかにも。
「映写技師になってから、渋谷パンテオンでも仕事をしました。閉館のときの最後の上映(2003年6月)が『サウンド・オブ・ミュージック』だったんですよ。70ミリフィルムでの上映でした。70ミリは35ミリと違ってサウンドトラックに磁気テープを使っているので、普通にしておくと剥がれて音が鳴らなくなるから油漬け状態にされているんです。だから上映前は大変でした。フィルムが油でべったりで。“洗ってこーい!”ってね」
思い出の映画館で大好きな映画を、自らの手で上映した秋元さん。いまではデジタル上映用の機器も使いこなしながら、大ベテランの映写技師として過ごす日々に、どんなやりがいやこだわりを感じているのか、最後に聞いてみました。
「ミスなく映すこと。当たり前のことはプラスがない。でもマイナスにならないと思ってやっています。やるべきことをやる。台風だろうと電車が止まろうと、お客さんが来るなら上映する。こだわりと言われても自分では浮かばないけれど、自分のやれることをやるだけです。プラスはないからとにかくマイナスにしないように。あとはフィルムが来ると、やっぱり自分も嬉しいし、お客さんもフィルム上映は楽しみにしている感じがありますね」

文:望月ふみ

〈Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下〉
東京都渋谷区渋谷1-24-12 渋谷東映プラザ 7F&9F(1F:チケットカウンター)
開館時間:10:00
※混雑状況により早まる場合がございます。

「Behind Bunka」では、文化芸術を支える“裏方の役割”にスポットライトを当て、ご紹介しています。ぜひご覧ください。