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【2006年のBunkamura】12年間の音楽の旅『小山実稚恵の世界』や『小曽根真 クリスマス・スペシャル』など人気企画がスタート

「Bunkamura History」では、1989年にBunkamuraが誕生してから現在までの歴史を通じて、Bunkamuraが文化芸術の発展にどんな役割を果たしたか、また様々な公演によってどのような文化を発信したのか振り返ります。今回は、人気シリーズ『小山実稚恵の世界』『小曽根真 クリスマス・スペシャル』の第1回公演など、2006年に各施設で行った公演や展覧会を紹介します。


■オーチャードホール①:壮大な音楽の旅の目的地は12年後!
『12年・24回リサイタルシリーズ 小山実稚恵の世界』がスタート

世界的に有名なチャイコフスキー国際コンクールとショパン国際ピアノコンクールの両方に日本人として初めて入賞して以来、国内外で目覚ましい活躍を続けている小山実稚恵。そんな人気・実力ともに日本を代表するピアニストが、12年間・24回(年2回)リサイタルを開くという壮大なプロジェクト『小山実稚恵の世界』が、2006年6月からオーチャードホールでスタートしました。
このリサイタルシリーズの「12年間・24回」は、1オクターブを構成する“12の音”と“24の調”という音楽の基本に加え、 12ヶ月で1年、24時間で1日など、自然のリズムとの合致にも思いを馳せて決められたもの。第1回は、ハ長調のシューマン『アラベスク』と続く『幻想曲』を皮切りに、小山は毎回プログラムに異なるテーマを設定。演奏曲の色をイメージしたり、作曲家の記念年を絡めたり、24回それぞれのコンサートに関連性を持たせて流れが出るようにこだわりました。その後も小山は、当初発表したプログラムを1曲も変更することなく、最後に辿り着いたのは、ベートーヴェンの『ソナタ第32番』ハ短調。12年を共にした聴衆に惜しまれながら2017年、美しいハ長調の響きで、長い音楽の旅を終えたのです。

『小山実稚恵の世界』には“ピアノで綴るロマンの旅”というサブタイトルが付けられていて、その言葉通り、プログラムは小山が愛してやまないロマン派の作品に重点を置いて構成。その一方、これまで自身のレパートリーになかった曲にも挑戦し、前人未到の壮大な“音楽の旅”を聴衆と共に歩んでいきました。

■オーチャードホール②:世界的ジャズピアニストからのクリスマスプレゼント!『小曽根真 クリスマス・スペシャル』がスタート

ジャズからクラシックまで多方面で才能を発揮している世界的ジャズピアニストの小曽根真がセルフプロデュースを務め、クリスマスシーズンに豪華なゲストを招いて魅惑的な演奏を届ける人気企画『小曽根真 クリスマス・スペシャル』(現在は『小曽根真クリスマス・ジャズナイト』に改称)。その記念すべき第1回公演を2006年12月にオーチャードホールで開催しました。
小曽根が第1回公演のテーマに選んだのはジャズではなく、同年に生誕250年を迎えた“モーツァルト”。「35歳という若さで亡くなったモーツァルトには、やりたいことがいっぱいあったはず」という思いを込めて『REVENGE of MOZART』(REVENGEは「復讐」よりも「復活」のニュアンスが近い)と題し、モーツァルトの名曲を小曽根ならではの解釈でお届けしました。ゲストにジャズ・レジェンド、パキート・デリヴェラを迎えたクラリネット協奏曲やピアノ協奏曲第9番『ジュノム』を中心にオール・モーツァルト・プログラムで構成。新日フィルや東フィルの主席クラスを集めた「OZMIC Orchestra」と共にクラシック音楽の枠を軽々と飛び越えた演奏で、観客を驚きと興奮の渦へと巻きこみました。

2006年に開催した第1回では、サックス奏者でありクラリネットの名手としても知られるラテンジャズ界の大御所パキート・デリヴェラがゲストとして出演。親交の深い小曽根のためにニューヨークから駆けつけ、ピアノ協奏曲第9番『ジュノム』やクラリネット協奏曲(第2楽章)でその妙技を存分に披露しました。

●シアターコクーン①:名優の新たな挑戦!STUDIOコクーン・プロジェクト第4弾『緒形拳ひとり芝居 白野─シラノ─』を上演

シアターコクーン芸術監督の蜷川幸雄が、これまでの劇場の方向性を保ちながら新しい演劇を生み出していく劇場であり続けるため1999年に立ち上げた「STUDIOコクーン・プロジェクト」。その第4弾として『緒形拳ひとり芝居 白野─シラノ─』を2006年10月にシアターコクーンで上演しました。
本作は、フランスの名戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』を、血気盛んな幕末侍“白野弁十郎”を主人公とする日本版に翻案・脚色したもの。新国劇の創立者である沢田正二郎主演による1926年の初演以来、劇団の財産として沢田の直弟子・島田正吾に受け継がれ、新国劇に10年間在籍した緒形が「新国劇の名作を遺したい」という強い想いから師の代表作に挑戦したのです。しかも単なる懐古趣味に終わらせず、主人公、憧れの女性、恋敵などの5役を緒形が演じ分けるという新プラン。STUDIOコクーン・プロジェクト第2弾『ゴドーを待ちながら』以来の出現となるTheatre Pupa(シアターピューパ。コクーンの舞台上に特設した小劇場)という緊密な小空間で、シンプルかつ胸を打つ物語を紡ぎ出しました。

96歳まで現役だった師・島田正吾がひとり芝居で演じ続けた『白野弁十郎』に、島田が亡くなった2年後に満を持してチャレンジした緒形拳。新国劇の芝居、そして師の芝居を残しつつ、自身の匂いをどう出すかという難題をクリアし、無垢で無償の愛を貫く主人公・白野を渾身のひとり芝居で演じ切りました。

●シアターコクーン②:蜷川幸雄&清水邦夫のコンビによる幻の名作『タンゴ・冬の終わりに』を新キャストで15年ぶりに上演

シアターコクーン芸術監督の蜷川幸雄が、盟友である劇作家・清水邦夫と組んで1984年に初演した傑作戯曲『タンゴ・冬の終わりに』。港町の古びた映画館での人間模様を描いた本作は、1991年にアラン・リックマンら英国俳優たちを新たにキャスティングし、エディンバラのキングス・シアターとウエストエンドのピカデリー劇場で上演して絶賛を浴びました。その後、日本で長らく再演が待ち望まれていた“幻の名作”を、英国公演から十数年経った2006年11月、蜷川が再び演出を務めてシアターコクーンで上演しました。
2006年版の『タンゴ・冬の終わりに』には、蜷川が英国公演で得た経験や実感が色濃く影響を与えています。何事にも論理を要求する英国流に合わせて演出を改変せざるを得なかった蜷川は、映画館で満員の観客が熱狂する冒頭の名シーンをはじめ、不合理を抱えた“アジア的な空間”の創造にこだわりました。その一方、演技面においては、英国的な明晰な理論性と日本的な感受性が融合したものを堤真一らキャスト陣に託しました。名作の再演でありながら、決して同じことを繰り返さない蜷川のチャレンジ精神によって、『タンゴ・冬の終わりに』は新たな伝説へと生まれ変わったのです。

1984年の初演から22年後、待望の再演が実現した『タンゴ・冬の終わりに』。蜷川は現地の俳優をキャスティングしたイギリス公演の経験を踏まえて“英国的な明晰な理論性と日本的な感受性の融合”を追求し、堤真一や常盤貴子ら多彩なキャストを得て具現化しました。

▼ザ・ミュージアム①:アルプスの雄大な山をテーマとした展覧会『スイス・スピリッツ -山に魅せられた画家たち』を開催

美しくも気高いスイス・アルプスの山々には、今も昔も多くの人々が魅了されてきました。それは画家たちも同じで、彼らが18世紀後半に山岳調査の自然科学者に同行して描いた絵画から現代に至るまで、数々の名作が誕生しています。そうした山をテーマにした作品が一堂に会する展覧会『スイス・スピリッツ -山に魅せられた画家たち』を、2006年3月からザ・ミュージアムで開催しました。
本展では、山岳画家の草分けとされるヴォルフをはじめ、セガンティーニやホドラー、さらにキルヒナーやクレーなど、幾多の画家が山をモチーフに描いた作品125点を展示。それまで誰も見たことのなかったアルプスの雄大な景色を絵画として示したヴォルフの《グリンデルワルト峡谷のパノラマ》、20世紀初頭に山岳絵画を完成させたホドラーの《ホイシュトリッヒから見たニーセン山》、さらにアルプス登山を象徴するアイガー北壁を人工物と対比したマッターの《アイガー北壁》など、長い年月の間に多彩な作品を通じて育まれた「スイス・スピリッツ」を体感できる展覧会となりました。

この企画展はスイスのアールガウ州立美術館とBunkamuraザ・ミュージアムのコラボレーションによって実現。スイスを代表する典型的なモチーフである山がどのように描かれてきたかを、18世紀後半から現代に至るまでのスイス美術の多様性を浮き彫りにしながら紹介しました。写真の絵画はジョヴァンニ・セガンティーニ作《アルプスの真昼》。

▼ザ・ミュージアム②:古代ローマ美術の粋を紹介!『ポンペイの輝き 古代ローマ都市 最後の日』を開催

古代ローマ帝国の絶頂期に繁栄を誇った都市ポンペイは、西暦79年にヴェスヴィオ山から巨大な火柱が噴き上がる突然の大噴火によって、一夜にして消え去ってしまいました。それから長い年月が経ち、18世紀になって埋もれた遺跡の発掘が始まり、当時の生活を物語る出土品が数多く見つかりました。その中でも第一級の出土品を集めて欧米各国で好評を博した展覧会『ポンペイの輝き 古代ローマ都市 最後の日』が日本にも上陸し、ザ・ミュージアムで2006年4月から開催しました。
本展では、かつてポンペイの暮らしを彩っていた400件余りの出土品を展示。近年発掘された中で最も美しい壁画とされる日本初公開のフレスコ画《竪琴弾きのアポロ》、財宝を身に着けて逃げた末に亡くなった女性の腕から見つかった純金製の《ヘビ形の腕輪》、さらに日常的に用いられていた貨幣や器物…。2000年の時を超えて輝く宝物の数々は、突然の大災害から生き延びようとした人々のドラマも物語っていて、美術的にも歴史的にも大いに見ごたえのある展覧会となりました。

ヴェスヴィオ山周辺の遺跡で近年見つかった出土品を中心に、指輪や首飾りなどの宝飾品、住居を飾ったフレスコ画、彫像、日用品などを厳選して展示。優美な美術品のみならず当時の生活をしのばせる展示品を通じて、訪れた人々を「人類史上、最も幸福な時代」と讃えられた古代ローマ帝国絶頂期の栄華へと誘いました。

◆ル・シネマ:伝説のロックミュージカルを完全映画化!『RENT レント』を上映

複合文化施設Bunkamura内にあるル・シネマでは、開館以来、音楽にまつわる傑作映画の数々を上映してきました。その中でも連日満員のヒットを記録した伝説の作品が、2006年4月から上映したブロードウェイ・ロックミュージカルの映画版『RENT レント』です。
本作は、ジョナサン・ラーソンがプッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』をベースに、ニューヨークのイースト・ヴィレッジで毎月の家賃(レント)も払えない貧乏生活を送りながら、それでも成功を夢見る若者たちの叫びを描いた物語。1996年のプレビュー公演前日にラーソンが亡くなった後、アメリカのみならずヨーロッパやアジアなどの各国版が上演されるほどの大ヒットを記録し、トニー賞とピューリッツァー賞も受賞しました。この傑作舞台に感動した『ハリー・ポッター』シリーズのクリス・コロンバス監督が映画版のメガホンを握り、アダム・パスカルをはじめ舞台初演時のメインキャストが再結集。冒頭のナンバー「Seasons of Love」をはじめとする名曲の数々が、今この瞬間を大切に生きていく意味を力強く訴えかけ、国境を越えて日本の観客の心も揺さぶりました。
ル・シネマが2023年6月に移転開業した「Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下」では、オープニング特集企画『ミュージカルが好きだから』において本作を上映。これまで紡いできたカラーを引継ぎながらも転機を迎えたル・シネマの、新たな幕開けを華やかに飾りました。

本作のポイントは何と言っても、舞台版のオリジナル・キャストが6人も集結したこと。ブロードウェイを熱狂で包んだ圧巻のパフォーマンスを映画でも見事に再現しました。逆に、ジョアン役のトレイシー・トムズはそれまで舞台版のオーディションに何度も落ちていましたが、映画での好演が評価されてその後の舞台版に起用されました。

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