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室内楽で触れるショパンの華麗なる音楽世界

2025年1月にオーチャードホールで開催する『Piano's Monologue 亀井聖矢 ~オール・ショパン・プログラム~ 第2回』のテーマは“室内楽”。39年間という短い生涯において数多くのピアノの名曲を生み出した“ピアノの詩人”ショパンは、実は生涯で5曲だけ室内楽曲を手がけています。今回は、彼がピアノ曲の創作に没頭した背景も掘り下げながら、数少ない室内楽曲で発揮されているショパンの魅力に迫ります。


なぜショパンは作曲の情熱と才能をピアノに注いだのか?

19世紀ロマン派音楽を代表するショパンは、手がけた作品のほとんどがピアノ独奏曲という、とても稀有な作曲家。協奏曲、室内楽曲、歌曲もわずかながら書いていますが、すべてピアノを用いる曲ばかりです。楽器を“歌わせる”ことにかけて並ぶ者がいないショパンが紡ぎ出す旋律は、いずれの作品も繊細かつ美しい叙情性を備えていますが、なぜそうした作曲の才能を交響曲や管弦楽曲でも発揮しようとしなかったのでしょう? その大きな要因として考えられるのは「とにかくピアノが好きだったから」です。
フルートやヴァイオリンをたしなむ父とピアノを弾く母の間に生まれたショパンは、幼い頃からさまざまな音楽に親しみ、なかでもピアノの音を聴いただけで涙を流す少年だったといわれています。また、彼が生きた時代はピアノが楽器として発展を遂げていた時期で、バッハの時代だと50前後しかなかった鍵の数がどんどん増え、音域も広がっていきました。そうしたピアノがもつ豊かな表現力はショパンの創作意欲をかき立て、人々の心を揺さぶるピアノ曲を次々と生み出していったのです。

フレデリック・ショパン博物館に展示してあるショパン最後のピアノ(プレイエル製)。1848年から1849年まで使用しました。

チェロの名手たちに触発されて生まれたショパンの優れた室内楽曲

そんなショパンがピアノ以外に好んでいたという楽器が、「人間の声に一番近い音域」とも称されるチェロです。祖国ポーランドではショパンの支援者で自らもチェロを演奏していたアントニ・ヘンリク・ラジヴィウ公爵、そしてパリではチェロ奏者オーギュスト・フランコムと知り合い、彼らとの親交を通じてチェロの魅力に目覚めたと考えられています。そうした影響からショパンの数少ない室内楽曲(全5曲のうち4曲がチェロ入り)が誕生したのです。

ヘンリク・シェミラツキ《ショパンコンサート》 1887年 油彩

ラジヴィウ公のサロンで演奏するショパン。ラジヴィウ公は若きショパンの才能を早くから見出し、ワルシャワの名士たちに引き合わせたりしながらピアニストとしての成長を見守りました。ショパンはそうした擁護への感謝の意味も込めて、チェロの名手でもあるラジヴィウ公にピアノ三重奏曲を献呈したのです。

ポーランドで活動していた18歳の時、ショパンは生涯で唯一のピアノ三重奏曲をラジヴィウ公に献呈しました。チェロの名手だったラジヴィウ公のために作曲しただけあって、ピアノとヴァイオリンの軽やかな音色をチェロならではの低音でしっかり支えるという、チェロの存在感が利いた構成になっています。さらに、通常は高い音域まで出せるヴァイオリンのパートが、声域に似た低い音域で作曲されているのも特徴的。それは弦楽器があたかも人が歌っているように感じさせ、ショパンの“楽器を歌わせる才能”がピアノ以外でも存分に発揮されています。この曲は『Piano's Monologue 亀井聖矢 ~オール・ショパン・プログラム 第2回』でも演奏されるので、三重奏曲におけるピアノの存在感や、若き日のショパンが紡ぎ出す弦楽器の瑞々しい旋律にぜひご注目ください。
また、パリに移ったショパンはオーギュスト・フランコムと共演や合作を行いながら友情を育み、1846年には彼のためにチェロソナタを作曲し2人で初演しました。晩年(といっても36歳ですが)の作品ということもあり旋律に円熟味が感じられるとともに、チェロとピアノが協奏的に絡み合い、対等かつ互いに補い合う関係になっているのが印象的です。チェロの音色の魅力が雄弁に引き出されていて、ショパンがいかにチェロを愛し、その特長を熟知していたかが伝わります。

オーギュスト・フランコム(1808-1884)

パリに定住して間もなくショパンはチェロ奏者オーギュスト・フランコムと知り合い、たちまち意気投合。ショパンがチェロとピアノのための『ジャコモ・マイアベーアの歌劇「悪魔のロベール」の主題による協奏的大二重奏曲』をフランコムと合作し、フランコムはショパンの『序奏と華麗なるポロネーズ』のチェロ・パートを手直しするなど、音楽家ならではの親交を深めました。

ショパンが生み出す繊細かつ叙情的な音楽世界は、ピアノ独奏だけでなく小規模な編成の室内楽とも実は相性抜群です。彼が残した数少ない室内楽曲に耳を傾け、歌うように奏でられる弦楽器の音色を味わえば、ショパンが“ピアノだけの作曲家”ではないことがよく分かることでしょう。

文:上村真徹

〈公演情報〉
Piano's Monologue 亀井聖矢 ~オール・ショパン・プログラム~
第2回 室内楽

2025/1/12(日)
Bunkamuraオーチャードホール

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