【2005年のBunkamura】蜷川幸雄の新たな挑戦「NINAGAWA VS COCOONシリーズ」!若きダンサーの夢の競演『エトワール・ガラ』を開催
「Bunkamura History」では、1989年にBunkamuraが誕生してから現在までの歴史を通じて、Bunkamuraが文化芸術の発展にどんな役割を果たしたか、また様々な公演によってどのような文化を発信したのか振り返ります。今回は、パリ・オペラ座バレエの若きダンサーたちが競演した『エトワール・ガラ』や、蜷川幸雄の新作4本の上演企画「NINAGAWA VS COCOONシリーズ」など、2005年に各施設で行った公演や展覧会を紹介します。
■オーチャードホール①:バレエの殿堂から若きダンサーたちが来日!『エトワール・ガラ』
世界最高峰の人気と実力を誇る“バレエの殿堂”として名高いパリ・オペラ座バレエ。そこに君臨するエトワールの中でも、将来を期待される才能豊かな若きダンサーたちが揃って来日し、バラエティ豊かなプログラムを披露する『エトワール・ガラ』が、2005年7月にオーチャードホールで実現しました。
本公演には、2004年3月にエトワールへ昇進したばかりのマリ=アニエス・ジロをはじめ、卓越したテクニックに定評のあるレティシア・ブジョル、理想のダンスール・ノーブル(主役級のバレリーナのパートナーを務める男性舞踊手)と称えられるエルヴェ・モロー、さらに次期エトワールの呼び声が高かったエレオノラ・アバニャート、バンジャマン・ペッシュたちが参加。ほかにもミュンヘン・バレエのルシア・ラカッラやハンブルク・バレエのイリ・ブベニチェクらも出演。次世代を担うスターダンサーたちがバレエ団の枠を超えて集い、クラシック、モダン、コンテンポラリーまで世界中の振付家たちの傑作を踊るという、夢の公演となりました。
■オーチャードホール②:西洋と東洋の踊りを融合!上海シティダンスカンパニーが贈る舞劇シリーズ第1弾『覇王別姫』を上演
舞踊でドラマを表現し、バレエの躍動感、民族舞踊の華やかさ、さらに演劇の面白さを併せ持つ中国独自のエンタテインメント“舞劇”。その中でも、若く才能豊かなダンサーたちが揃った上海東方青春舞踊団とダンスプロデュース集団の上海シティダンスカンパニーが共同制作し、「中国で一番若い舞踊団が生み出した最高の芸術」と絶賛された愛とロマンの歴史絵巻『覇王別姫』を、2005年9月にオーチャードホールで上演しました。
中国国内で舞劇監督の最優秀賞を受賞した才人ジョウ・ミンが演出・振付を手掛けた本作は、項羽と劉邦の男のロマンをかけた戦いと、項羽が想い続けた最愛の人・虞美人との永遠の愛を描いた不滅の古典物語『覇王別姫』のストーリーを、西洋のバレエのテクニックと中国の舞踊を合わせた独自のスタイルで表現。武装した男性たちのダイナミックな踊りや、優美な衣装をまとった宮廷女性たちのしなやかな舞といったさまざまなダンスシーンを、オーケストラやシンセサイザーに伝統楽器も組み合わせたメロディアスな音楽に乗せて披露し、その新鮮な衝撃に日本の観客も虜になりました。
●シアターコクーン:蜷川幸雄の新作4本を上演!「NINAGAWA VS COCOONシリーズ」開催
1999年にシアターコクーンの芸術監督に就任して以来、演劇界に一石を投じる刺激的な作品を世に送り出してきた蜷川幸雄が、さらにその上をいく作品づくりを目指して70歳を迎える2005年に「NINAGAWA VS COCOONシリーズ」を開催。2月から『幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門』、4月に『KITCHEN キッチン』、5月は『メディア』、そして9月には『天保十二年のシェイクスピア』の新作4本をそれぞれシアターコクーンで上演しました。
第1弾の『幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門』は、それまで数々の名作で組んだ劇作家・清水邦夫が1975年に描き下ろした戯曲を蜷川が初めて演出したもの。キャストには、堤真一をはじめ「言葉の美しさに負けない、実体を担える俳優」と蜷川が認める実力派たちが結集。主人公の平将門を軸に、逆らうことのできない時代の流れの中でもがき苦しみながら生きようとする者たちを、“現在に不満を持つ人々”といういつの時代にも通じる人物として描き、普遍的なドラマへと仕立て上げました。
続く第2弾では、ロンドンにあるレストランの調理場を舞台に、コックやウエイトレスら労働階級者の喜怒哀楽を描いたイギリス現代劇の傑作『KITCHEN キッチン』を演出。20人以上のキャラクターが登場し、台詞を話している俳優のそばで忙しく調理が続き、また別のドラマが進行するというにぎやかな群像劇を、成宮寛貴や勝地涼らフレッシュなキャストを中心に細やかに表現しました。
第3弾では、蜷川お得意のギリシャ悲劇であり、彼が初めて海外で公演を行い“世界のニナガワ”と呼ばれるきっかけになった伝説の作品『王女メディア』を、現代劇『メディア』として生まれ変わらせました。主人公のメディア役を演じたのは、蜷川演出『エレクトラ』でギリシャ悲劇初挑戦にもかかわらず圧倒的な存在感を発揮した大竹しのぶ。山形治江の新訳による分かりやすい言葉で、現代女性が共感できる壮絶な愛のドラマとして観客を釘づけにしました。
そしてラストを飾る第4弾は、井上ひさしが“シェイクスピアの全作品を母として書いた”という任侠時代劇『天保十二年のシェイクスピア』を演出しました。本作は、江戸時代の日本が舞台でありながら、シェイクスピア作品の有名な登場人物をモデルにしたキャラクターたちが交錯し、数々の名セリフも散りばめられている意欲作。唐沢寿明や藤原竜也などそれまで蜷川作品で主要な役を演じてきた豪華俳優陣が結集し、シェイクスピア劇を多数手がけてきた蜷川の演出も全編で冴え渡り、シリーズ企画の集大成にして蜷川ワールドの集大成と呼ぶべき作品に仕上がりました。
▼ザ・ミュージアム:同時代の象徴派たちの作品を紹介する『ベルギー象徴派展』『ギュスターブ・モロー展』を開催
19世紀後半、ヨーロッパで科学技術の飛躍的な進歩によって人々の生活が大きく変化する中、物質主義や享楽的な都市生活への反発として、人間の内面に目を向ける“象徴主義”と呼ばれる芸術運動がフランスとベルギーで発生。文学から始まり美術へと広がっていったこの運動に、ザ・ミュージアムでは2005年に『ベルギー象徴派展』『ギュスターブ・モロー展』という2つの企画展を通じて迫りました。
象徴派の画家たちは、産業化によって人間らしさが失われていく中で、そこから逃避するかのように幻想的な新世界を追い求めたのが特徴的でした。4月から開催した『ベルギー象徴派展』では、ベルギー象徴派を代表するクノップフ、デルヴィル、ロップスらの神秘的かつ耽美的な油彩・素描・彫刻など約100作品を展示。目に見える現実の奥深くに内在する人間の本質を神話や文学のモチーフを用いて表現した作品の数々を通じて、ベルギー象徴派芸術の全貌を紹介しました。
さらに8月からは、19世紀末パリにおいて独自の耽美世界を構築した巨匠にクローズアップした『ギュスターブ・モロー展』を開催。本展は、モローが作品と邸宅をそのままフランスに遺贈したギュスターブ・モロー美術館の作品が一堂に会したもので、名作《一角獣》《出現》をはじめ油彩・水彩・素描など279作品を展示。愛と憎しみ、生と死、聖と俗という人類の普遍的なテーマを、ギリシャ神話や聖書の物語から着想を得て重厚かつ華麗に描き出す、独自の世界が凝縮された展覧会となりました。
◆ル・シネマ:韓国屈指の実力派俳優ソン・ガンホの魅力全開!『大統領の理髪師』を上映
2000年前後から日本で韓国映画ブームが起き、スクリーンを通じて多くの人気スターが紹介されてきました。ブームの火付け役『シュリ』で一躍その名を知られ今や国民的俳優となったソン・ガンホもその一人で、ル・シネマでは2005年2月から彼の主演作『大統領の理髪師』を上映しました。
本作は、軍事独裁政権下の1960~70年代韓国を舞台に、ある偶然から大統領に雇われた理髪師とその一家の喜怒哀楽を、時にコミカル、時にシリアスに描いた作品。時代に翻弄されながら家族のために奮闘する平凡な父親をガンホが愛とユーモアたっぷりに体現するヒューマンドラマであり、不正選挙やクーデターなど政治的な事件が次々と起きた激動の時代を小市民の視点から見つめ直す社会派映画でもあります。驚くことに監督・脚本のイム・チャンサンは本作がデビュー作。韓国映画の層の厚さを日本の観客にも強く印象づけました。
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