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どこまでも自由に、自分の直感を信じて/前田妃奈さんインタビュー

“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語る「Bunka Baton」。今回は、2022年にヘンリク・ヴィエニアフスキ国際ヴァイオリンコンクールで優勝し、国際的な注目を集める前田妃奈さんをクローズアップします。


自分のことをヴァイオリニストだとは思っていません

「音楽は大好きだけど、今でも自分のことをヴァイオリニストだとは思っていません」、そう言って朗らかに笑う前田妃奈さんは大阪府豊中市生まれ。ヴァイオリンとの出会いは4歳のときでした。

「NHK教育テレビの『クインテット』という宮川彬良さんの番組で、パペットがヴァイオリンを弾いているのを見て、パペットが弾けるなら私も弾けるだろうと思い、親に習いたいと言ったのがヴァイオリンをはじめたきっかけです。4歳から小学校4年生までヤマハの教室で習っていたのですが、30分のレッスンのうち、20分は私がしゃべっているような状態で(笑)。のびのび楽しくやっていましたね」

音楽以外では、本を読むのが昔から好きと語る前田さん。文章を書くのも得意で、ご自身のnoteにはそのときどきの率直な心境が綴られています。

その後、小栗まち絵氏に師事し、2013年には全日本学生音楽コンクール全国大会小学校の部で第1位を受賞。それでも決して練習が好きなタイプではなかったといいます。

「中学生のときは、レッスンに行く時間の少し前に親の目を盗んで家を抜け出して、まったく別のところに行ったりもしていました。自分としてはヴァイオリンに限ったつもりはなく、歌ったりピアノを弾いたり、音楽全般が好きなんですよね。ヴァイオリンにしても、私はただ好きで弾いているだけなので、めちゃくちゃ上手くなりたいとか、大勢のお客さんの前で弾きたいとか、じつはあまり思ったことがなくて」

そう語る前田さんですが、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲に関しては特別な思い入れがあるとのこと。

「高校1年生から神尾真由子先生に習っているのですが、私がヴァイオリンをはじめた4歳のとき、神尾先生がチャイコフスキー国際コンクールで優勝して、その映像をテレビで見たのをよく憶えています。そのときから“私、絶対この曲弾くねん”と言っていたようで、“チャイコフスキーの協奏曲をオーケストラと弾くまではヴァイオリンをやめない”とずっと思ってきました。高校3年生のときに、東京音楽コンクールの本選でやっと弾くことができて、“やればできるじゃん”と神尾先生に言っていただけたのが本当に嬉しかったです」

前田さんは東京フィルハーモニー交響楽団の『ニューイヤーコンサート2025』でこの協奏曲の第1楽章を演奏します。聴きどころは?

「正直、第1楽章が長いんですよね(笑)。いかに聴き手を飽きさせずに弾くかというのは難しい問題です。しかもカデンツァの後は技術的にもすごく難しくて。この作品はなんといっても神尾先生の演奏が天下一品ですので、レッスンで教えていただいたことを絶対に忘れないようにと思っています。とくに“4拍目を大事にする”というアドバイスでかなり変わりましたね。神尾先生は厳しいときもありますが、プライベートの相談にも乗ってくださって、とても生徒思いの先生です」

今年8月からストラディヴァリウス1700年製「ドラゴネッティ」を演奏しているとのこと。ニューイヤーコンサートでその音色を聴けるのが楽しみです。

自分の直感を信じて生きる

2022年のヘンリク・ヴィエニアフスキ国際ヴァイオリンコンクールで優勝を飾った際は、大舞台にもかかわらず幸せそうに演奏する前田さんの姿が印象的でした。

「東京音楽コンクールでは弦楽部門で第1位をいただき、先生方から海外のコンクールを勧められましたが、もうコンクールは絶対に受けたくないと思っていました。そんなある日、練習室の前の廊下を歩いていたら、ヴィエニアフスキのヴァイオリン協奏曲第2番を誰かが弾いているのが聞こえてきたんです。“ああ、この曲好きだなあ。また弾きたいなあ”と思いましたが、日本では滅多に弾く機会のない作品なので無理だろうなと。そのとき“あ、ヴィエニアフスキ・コンクールがあるやん!”と閃いて受けることにしたんです」

このコンクールでの経験を通して「自分の直感を信じて生きる」ことを学んだと前田さんは語ります。

「課題曲のひとつにベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第10番の第4楽章があったのですが、全10曲あるヴァイオリン・ソナタのうち最後にあたるこの作品は本当に難解で。まったく弾けなくて、どうしたらいいか途方にくれているとき、直感で“あの先生に習おう!”と思った先生がいらっしゃいました。作曲とピアノがご専門の先生だったのですが、すぐに連絡をとって、教えていただいたらすべてが解決して、自分でも満足する演奏ができたんです。そのとき、“ああ、自分の勘を一生信じて生きていこう”と思いました」

優勝の副賞として、2022年から2023年にはなんと世界20カ国、60地域での演奏会を行なった前田さん。突然、世界の注目を浴びてプレッシャーに押し潰されそうになったこともあったけれど、“音楽が好き”という気持ちに立ち戻ることで、乗り越えることができたとのこと。

「結局、自分を大切にするのが一番だと思いました。自分が疲弊していると、好きなものも好きじゃなくなるし、やりたいこともなくなってくるので、疲れているなと思ったら、もう何もしないことにしています。コンクールの後も、ずっと弾かないでひたすら寝てたら、だんだん弾きたくなってきて、“やっぱり私、思ってたより音楽好きやったんやな”って。だから練習しなきゃいけなかったとしても、私は温泉行きたいなと思ったら行くし、どこまでも自由に、全部直感で生きてます」

音楽のみならず、笑顔とお人柄も素敵な前田さん、これからがますます楽しみです。

文:原典子

〈プロフィール〉

2022年第16回ヘンリク・ヴィエニアフスキ国際ヴァイオリンコンクールで優勝し、国際的に注目を集める新進気鋭のヴァイオリニスト。全日本学生音楽コンクール全国大会第1位、日本音楽コンクール第2 位、東京音楽コンクール第1位など輝かしい受賞歴を誇る。11歳で関西フィルと共演。22年から23年には20カ国、60地域での演奏会、東京、大阪でのリサイタル、オーケストラとの共演を数多く予定。現在、小栗まち絵、原田幸一郎、神尾真由子の各氏に師事。公益財団法人江副記念リクルート財団第48回奨学生。
現在、東京音楽大学に特別特待奨学生として在学。

X @HinaMaeda_vn    
note https://note.com/hinamaeda_vn/

〈公演情報〉
東京フィルハーモニー交響楽団
ニューイヤーコンサート2025
~どこかで出会った、あのメロディ~

2025/1/2(木)、3(金)15:00開演 ※1/3出演
会場:Bunkamuraオーチャードホール

「Bunka Baton」では、“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語っていただきます。ぜひご覧ください。