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特別ワークショップレポート第六弾  茂山逸平先生

 多彩なジャンルから日本の舞台芸術を牽引する表現者、識者を招き、若き俳優たちにその技術と知恵を伝授していただく「コクーン アクターズ スタジオ(CAS)」の<特別ワークショップ>。今回は〝お豆腐狂言〟の愛称を持ち、親しみやすく幅広い観客の支持を得ている狂言・茂山千五郎家を支える要のお一人、二世七五三の次男・茂山逸平さんを講師に迎えました。平安時代末期から続く、台詞(声)と仕草(身体)を核とし、「型」を用いて観客の想像力を大いに刺激する狂言。そのエッセンスを4時間×2回の特別講義で学びます。

「型」から始まる広大な表現世界
 これまでのワークショップでも使用していた、シアターコクーンの舞台。けれど足袋を履き、扇子を持って立つとまた異なる感覚になるのか、新鮮な緊張感が受講生たちの間に漂っているように感じる講義の幕開き。逸平先生はそれをほぐしつつ、「照明や音響、舞台美術などがなくメイクも行わない狂言では、それらがあるかのように演技だけで表現する。その演技の基本となる所作や型などを、今日から2回、一緒に学びましょう」と語り掛け、授業を始めます。
 まずは上半身と下半身で二つの「く」の字を描くような立ち方と、そこからの座り方の〝型〟を体験。続けて「は」の音だけで大中小、3段階の「笑い」を表現することを逸平先生のお手本について学びます。もともとよく通る逸平先生の声ですが、「型」にのっとった発声を行うや否や、劇場中を満たすような豊かで強い「笑い」が〝パーンッ!〟と響き渡り、それは場の一同がびっくりするほどの威力でした。「大丈夫、4時間の授業だけでできるようにはなりません。できたら僕らの商売上がったりです。でもやる気のある生徒さんたちだけあって、声がよく出ていますよ」とユーモアも忘れないのも素敵なところ。「面」をつけて演じる必然性と、そこに連動する身体の「型」についての説明のあとは、基本姿勢で歩いてみることに。体の各パーツを連携させ、声や表現を効果的に発言させる合理性と技のありようを、自身の身体で体験することで受講生たちの理解が深まっていくのが見て取れます。

 その後は「石をみつけて投げる」(それに伴う効果音「えいえい、やっとな」の発語)や、舞台に登場した際に役が自己紹介する「名乗り」の山伏ヴァージョンの発語と所作の実践。発語と動作の連関が急に複雑になり、逸平先生の後について繰り返すだけでも四苦八苦する受講生たち。けれど折々に逸平先生が挟むオモシロトークが絶妙の緩和剤となり、どの学びやチャレンジの局面でも笑顔が消えることはありません。
 1日目の残り1時間は、扇子にまつわるレクチャー。流派によって扇のつくりが違うこと、能楽や日舞との扱いの違い、持ち方、開きと閉じなど背景にある由来など含め、一人ずつの所作を指導しながらよどみなく語り続ける逸平先生の指導、その練り上げられた濃密さに、聴講生たちも深く引き込まれみな熱心にメモなど取り続けています。実践編では、二人一組でそれぞれ扇子を徳利と盃に見立てた演技で、舞台上がにわかに大宴会の様相になったり、持ち運び可能な「壁」に見立てたりもしました
 講義の最後は質問コーナー。聴講生も混じり、「強くクリアな発声のために何が必要か」「型を学んだ先にオリジナリティを加えるのはどの段階か」「新作狂言をつくる過程について」「狂言師となるために必要な資質とは」「笑いを重視する狂言でスベることはあるのか」など幅広い質問が飛び出します。狂言師として一人前になるために披く『釣り狐』以降から、狂言師として「オリジナリティ」を加味することが認められることや、必要な資質として「我慢」と即答された逸平先生の言葉、その重みが特に心に残りました。
ワークショップの修了課題は小舞『うさぎ』
 一週間後、二度目の講義は基本の確認から。正座、平伏からの挨拶と、「く」の字を意識した立ちの姿勢、肘を張ってイカのえんぺらを模した上半身の形などをおさらいしていきます。「弦楽器で言うところの〝開放弦〟を意識して声を飛ばす」という「はーはっはっはっは」の笑い声の復習でも、逸平先生の声量と響きは圧倒的で、今は使われていないコクーンの舞台が清められるように感じられました。そこに加えて「泣き方」も指導。笑いは「は」で、泣き声は「へ」の音で発し、伴う身体の「型」がその感情を表すという狂言独自の演技、その奥深さは知るほどに興味が募ります。
 続いては、テキストとして配布されていた『柿山伏』に受講生たちが挑戦。山形県の羽黒山からやってきた山伏が柿を盗み食いし、それを見て取った畑主が、柿盗人をわざと動物ではないかと疑い、結果山伏はそれらの鳴きまねを次々にやる羽目になる、という内容で、数行ずつに分けた台詞を逸平先生の後について受講生たちが読む「本読み」からのスタートです。同じ台詞のブロックを、逸平先生の発語の強弱、抑揚などを真似つつ繰り返し読むことで、次第に狂言の音楽的な節回しを体得していく。古典芸能の「型」を身につけるための稽古、その重要性が受講生たちの表現が深まる様を目の当たりにすることで改めて認識できた気がします。
 途中で取った休憩後、「順番が逆になってしまったけれど」と言う逸平先生の提案で受講生が自己紹介をすることに。特技や趣味が知りたいという逸平先生に、「指パッチンで『キューピー3分間クッキング』のテーマを演奏できます!」というツワモノがいたのは流石と言うべきでしょうか。ちなみに逸平先生は「特技は一応狂言(笑)で、趣味はひたすら落語を聞くこと」とのことでした。
 次は山伏と畑主の二人一組になり、逸平先生の発語を後追いしながら演技も加えていきます。山伏役は能狂言の劇中でイスなどの役割を果たす蔓桶(かずらおけ)に「和式トイレにしゃがむ姿勢」で上り、カラスや猿など狂言独自の「型」の鳴き声を演じつつ扇子も操らねばなりません。受講生たちは身体と発語が一致せずに苦労しているよう。逸平先生は演じるペアごとに根気強くポイントを提示し、「恥ずかしがらないで!」などと時にエールを送って受講生たちを鼓舞してくれます。

 台詞のリズム、動物を真似るための特徴づけ、シーンを進めるためのきっかけ、畑主との関係性の変化を示す所作や動作。10ページに満たないテキストの中に、狂言を成り立たせるための「型」を軸とする非常に多くの約束事があることが、受講生たちが学ぶ過程を通じて伝わってきます。その表現が内包する豊かさはきっと、現代演劇の場でも生きるに違いありません。
 『柿山伏』全編を、全てのペアで当たり終わった後は、この講座最後の課題へ。小舞『うさぎ』を、全員が自身で唄いながら舞うというものです。子ども向け狂言講座などでもよく教材とするそうですが、1分足らずの尺の中に発声、足や手の使い方、扇子さばきなど多くの要素が含まれています。全員で繰り返しの練習を重ねて暗記し、2人1組ずつ皆の前で披露するという、なかなかに緊張感の高いシチュエーション。二日8時間を受講した成果を見せる場面だと意気込む受講生たちは、前のめりなくらいの熱演を披露していました。全員が舞い終えた時の、上気しつつキラキラした笑顔は受講生たちの手応えの大きさを物語っているように思えました。

 講義を終えた逸平先生に感想を聞くと、開口一番は「舞台上での稽古は声もよく響くし気持ちいですね! 生徒さんたちも皆やる気に満ちていますし」というありがたいお言葉。「未経験の方に狂言を教えることは、自分の中で当たり前になっている表現を確かめ、吟味し、背景まで含めてわかりやすく伝える必要があります。それは自分にとっての狂言を見つめ直し、表現としての強味がどこにあるかを確認することでもあると考えています。普段は、他の方の稽古をよく見ておくようなタイプではないので(笑)、この8時間は自分にとっても修練になったと思います。僕らが600年の歴史の中で培ってきた技術が、これからの現代演劇を主戦場とする皆さんの引き出しの一つになればいいですよね。そのためには今回のような講義だけでなく、実際の、古典の上演にも触れていただくことが大事かなと。能楽堂へも是非来て、観ていただけたら嬉しいです」
 日本の演劇、そのルーツに当たる狂言を学んだことは、受講生たちの俳優としての根幹を強化したはず。その学びの先に、鑑賞者として狂言を観ることからどんなものを得たか、次は受講生の皆さんにも訊いてみたいと思う、逸平先生の感想でした。

文/尾上そら

次回のCAS通信もお楽しみに!

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