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特別ワークショップレポート第七弾  黒田育世先生

「コクーン アクターズ スタジオ」の特別ワークショップも早7回目。今回はゲスト講師にダンサー・振付家の黒田育世さんをお招きして、「身体表現」をテーマに三回(特別ワークショップでは最多!)に分けた講義を行い、とても濃密な、きめ細やかなご指導をしていただきました。
 ワークショップの主な内容は“質の踊りとレパートリー”。一回目、二回目では、黒田先生の振付によるごく短い作品、その振付を、解説を伺いながら振り渡ししていただき、それを踊るための体の質を探求していきます。そして最終の三回目に、受講生たちがグループに分かれて発表会を開催。はて、“質の踊り”“体の質の探求”とは!?

「おはようございます!」と黒田先生の朗らかな挨拶で始まった一回目、まず最初に行われたのは“体が劇的に柔らかくなるストレッチ”や“肩の可動域が広がるマッサージ”。これは受講生のみならずCASスタッフも興味津々です! さっそくメモを取る見学の方もいらっしゃいました。黒田先生の導きの通りに動き、マッサージをする受講生のあいだから「オオ〜!」とその効果に驚く声があがります。体が温まり、気持ちもほぐれたところであらためて先生が自己紹介をされて、さっそくさまざまなワークを実践。例えば二人一組になり、一人の手の甲にもう一人の手をかぶせて、手を置かれた側は動きの情報を渡し、手を置いた側はその情報を聞き取って動いていく、というもの。難しそう……と思うそばで、受講生たちはしっかりとそれぞれの役割、“渡す”“聞く”に集中し、思い思いの動きを見せ始めました。
「相手が聞き取れる情報を渡してあげてくださいね。思いやりが大事です」と黒田先生。その後も、体を上に思い切り伸ばした後にドッと落ちる、緊張と脱力を繰り返すワークや、自身が氷の柱になったイメージで、ゆっくりと溶け落ちていくさまを表現したり。受講生たちが真剣、かつ夢中になって取り組んでいるのが見て取れます。先生の「はい、オッケー!」の掛け声で全員のハア〜!という大きなため息が漏れ、続いて爆笑が広がりました。黒田先生が何度も口にするのは「イメージを体に明け渡して」「体に刻んで」という言葉。なるほど、“体の質”の意味が徐々に分かってきたように感じます。さらに発表会の課題、その振付の一部を振り渡ししていただき、受講生たちは一週間後の次回までに先生のお手本動画を何度も見て、しっかり復習することに。

 二回目のスタートも、ウォームアップの体操から。「皆さんでやりましょう!」という黒田先生の提案で、見学の方々も、CASスタッフも揃ってぐるぐる腕を回したり、手首を折りながら歩き回ったり。笑いの溢れる和やかな雰囲気の中で、この日も“イメージを体に刻む”さまざまなワークが始まりました。興味深かったのは、目の前に手をかざして視点から手までの距離を変化させながら、近景を見た時と遠景を見た時の、体の重さの違いを実感するワーク。集中して取り組んでいた受講生のあいだからどよめきが起こっていました。
「面白いでしょう!? 要するに、ピントを絞っている近景の時は体を繋ぎ止めているんですよね。でもピントをぼかした遠景の時は、体を明け渡しているから軽いんです。その違いを体に刻み込んでくださいね」(黒田先生)
 こうしたワークをいくつか重ねながら、課題の振り渡しへ。まず作品の完成形のデモンストレーションを黒田先生が披露してくださいました。オリジナル音楽に合わせて、全身全霊で踊る黒田先生を、受講生たち、見学の方々も引き込まれるように凝視。“ごく短い作品”とのことでしたが、踊り終わって肩で息をしている先生の様子を見ても、非常に内容の濃い課題です。これを次回、受講生たちは踊り切らなければなりません。
「映像を何度も見て、音の振り方などを確認して練習してください。最後まで踊り切ると、単に振付を踊って気持ちよかった〜ということとは全然違う、あれ、何か懐かしかったかも?といったような感触が出て来ると思います。その領域まで辿り着ければいいなと思っています」(黒田先生)

 いよいよ3回目、課題の発表会を迎えました。4つのグループに分かれた受講生たちは、まずは自習時間を与えられ、それぞれ仲間同士で課題の振付を確認し合います。あんなにも豊かな内容の振付をはたしてちゃんと覚えられるのか……という杞憂をよそに、受講生たちは意見を交わし合いながら、真摯に体を動かしていました。一回目、二回目で行ったワークによって、振付一つ一つの意味を着実に体で捉えているのだろうな……と推察。
 さあ、いざ発表へ! 見学の方々にも床に並んでお座りいただき、真正面から受講生たちの発表を観ていただきます。「深呼吸して〜、はい、参ります」の黒田先生の合図で、正味10分ほどの課題作品を4グループが次々に発表、全員見事に踊り切りました! 各グループが踊り終わるたびに、黒田先生から「ブラボ〜!! 素晴らしいっ!」と感嘆の声が飛び、我々ギャラリーはひたすら拍手。本当に先生の言葉通り、受講生たちそれぞれの輝かしい、確かな変化が見えた瞬間でした。彼らの没入する力に強烈に惹きつけられ、一人一人が独自の世界をこじ開けた、そんなふうに思えた素晴らしい発表会でした。

 3回に渡った充実のワークショップも無事終了。興奮冷めやらぬまま黒田先生に、今回のプログラムの内容について改めて伺いました。
「演劇をされる時に活用出来る“質の踊り”を皆さんにお渡ししたかったんですね。単に音楽に乗って楽しく踊ることは他にお譲りして、私がお伝えすべきことは“自分の体を質に明け渡す”といったこと。ダンスを運動として捉えない……もちろん運動ではあるのですが、アスリートにならないように、詩人のままに踊れるように、ということです」
 受講生に向けては「皆さん、体が素直でスポンジのように吸収してくださって、ありがたかったです」の一言のあと、さらにお言葉をいただきました。
「音楽に合わせて格好よく踊ることも一つの重要な要素ですが、踊りと呼べるもの、踊りに変えていけるものは他に何千、何万とあります。ご自身が演劇をされる中で、踊りに類するものに出逢われた時、今回ここまでのことがお出来になったのだから、ぜひ勇気を持って、ご自身の限界を決めつけずに伸び伸びと体を質に明け渡していただけるといいなと思います」
 受講生の皆さんが踊り切った時の変化があまりに劇的に思えたので、「あれは明け渡すことに成功した、ということですか?」とさらに伺ってみました。
「全員ではないけれど、それは悪いことではまったくなくて、ただ皆さん、入口には立ちましたね。明け渡す勇気はとても大切です。これは非常に難しくてややこしいんですけど“限界をコントロールしない、そんな自分をコントロールする”ということ。これも一つのテクニックです。質の踊り、意識の踊りを積み重ねていくと、そういった相反するものを獲得できるようになっていきます。そうなった時に初めて“質の踊り”をお客様にお見せできるんですね」
 入口に立てただけでも受講生にとっては非常に大きな収穫。個々が確かな手応えを掴んだ、豊かな時間だったことは間違いありません。

文:上野紀子

次回のCAS通信もお楽しみに!

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