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若きマエストロが大切に守っている信念とは/アンドレア・バッティストーニさんインタビュー

“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語る「Bunka Baton」。今回は、東京フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者を務める一方、世界の主要歌劇場・オーケストラと共演を重ねている気鋭のイタリア人指揮者アンドレア・バッティストーニの登場です。

恩師の厳しい指導から学んだ
指揮者にとって必要な“準備と知識”

イタリアの名門スカラ座に史上最年少の24歳で出演するなど、みるみる頭角を現していったアンドレア・バッティストーニさん。日本でも2012年の初演奏(東京二期会オペラ『ナブッコ』)を皮切りに数々の名演奏を披露し、今や同世代を代表する“若きマエストロ”として高く評価されています。
バッティストーニさんは幼い頃から母の勧めでチェロを習ったり音楽を勉強していたものの、自分では全然音楽をやりたいと思っていなかったそうです。そんな彼に心境の変化が訪れたのは、音楽院に通っていた十代のこと。指揮者としての出発点となった体験について、次のように振り返ってくれました。
「音楽院でオーケストラに参加した時に『音楽というのは、自分1人ではなく他の人たちと一緒に作れるもの』という気づきを得ました。その中でも指揮者は“オーケストラを楽器として演奏する人”だと分かり、たちまち指揮への興味が湧いたのです」
音楽院を卒業後、フィレンツェの音楽学校で青少年オーケストラの学生指揮者に選ばれ、オペラの大家として知られる指揮者ガブリエレ・フェッロのもとで学ぶことに。この時に学んだ大切なこととしてバッティストーニさんが挙げたのは「準備と知識」。そのきっかけとして教えてくれたエピソードが実に驚きの内容でした。授業でラヴェルの『マ・メール・ロワ』を指揮した時、「この箇所で第2ファゴットが何をやっていたか覚えているか」という質問に生徒が誰も答えられなかったところ、フェッロは「指揮者に必要なのは、すべてを知っていることだ」と指導。そして十数ページものスコアを暗譜するという宿題を出し、翌日の授業で五線譜に楽譜を書かせたのです。
「徹夜せざるを得ないほど大変な課題でしたが、指揮者は1回1回指揮するごとにそれだけの準備を行い、作品に対する知識を持たなければいけないと分かりました」という当時の気づきは、今もバッティストーニさんにとっての指針になっています。

音楽院の在学中に指揮者を志したバッティストーニさんは、同級生を集めて小さなアンサンブルを編成。独学で指揮の練習を始め、「自分のアイデアを演奏家に伝えることが面白く、指揮への興味がますます高まりました」。

2度のターニングポイントを経て
指揮者としての自信とあるべき姿を確立

バッティストーニさんはデビュー後、2つのターニングポイントを経て指揮者としての自信を深めました。その1つは、それまで主にイタリアのオーケストラで指揮を務めていたバッティストーニさんが、“世界一の弦の響き”と称される名門イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団と初共演した時のことです。
「それまでいろんなオーケストラと共演しましたが、特にイタリアのオーケストラは若い指揮者に対して必ずしもフレンドリーではなく、実力を試そうとしてくるんです。そこで私も『尊敬を勝ち取らなければ』と注意深くなっていました。イスラエル・フィルとの最初のリハーサルでもそうした“戦う準備”を整えていたところ、楽団員がにこやかに歓迎してくれ、考え方がガラッと変わりました。それ以来、新しいオーケストラと共演する時に構えることなく、『何か良いものをもたらそう』と前向きに思えるようになったのです」
この時に得た自信を糧に、世界各地の歌劇場やオーケストラと共演を重ねていったバッティストーニさんは、もう1つのターニングポイントを経験しました。それは、ドイツオペラの名門バイエルン国立歌劇場で『椿姫』を指揮した時のことです。
「事前のリハーサルが1回しかなく、とても緊張していたところ、ベテランのコンサートマスターからこんな話をされたんです。『自分たちは『椿姫』を何度も演奏し、よく知っている。だから、君が何をしたいかを言葉ではなく指揮で示してくれ。それをしっかり見せてくれれば、君が望む通りの『椿姫』を演奏するから』。この言葉のおかげで、それまでで最も強力で説得力のある演奏ができました。そして指揮者というのは、自分が得たスコアの知識を演奏者たちと分かち合ってインスパイアすれば、理想の音楽を一緒に作っていけるということが分かったのです」
これらの経験を踏まえて「指揮者にとって大切なことは?」と尋ねたところ、前述の「スコアに対する知識」とともに挙がった答えが「スコアを音にするアイデアやイメージをクリアに伝えること」でした。「演奏中に言葉で指示できない中、指揮者がオーケストラを楽器として奏でるには、単にビートを正しく刻むのでなく、分かりやすいジェスチャーで演奏者を触発しなければいけません。しかしそれは経験が必要なことで、その経験に終わりはないと思っています」と熱く語ってくれました。バッティストーニさんの魂を込めた情熱的な指揮は、こうした確固たる信念に基づいたものだったのです。

過去の演奏経験から「指揮者は自分が得たスコアの知識を演奏者たちと分かち合ってインスパイアすれば、一緒に音楽を作っていける」と確信したバッティストーニさん。それゆえ、スコアの知識と理解を深めることを常に大切にしています。

運命的に出会った東京フィルとは
互いに成長し合える理想の関係

バッティストーニさんが2016年から首席指揮者を務めている東京フィルハーモニー交響楽団(以下、東京フィル)と初めて共演したのは、2012年の日本デビュー公演『ナブッコ』でした。当時の東京フィルへの印象について尋ねると、「私のことをとても歓迎してくれ、私も最初から『音楽的な言葉を一緒にシェアできるオーケストラだな』と感じました」と、まさに運命の出会いであったことを告白。その後も共演を重ねながら「演奏テクニックのレベルが高く、音楽に対する真剣さや、全身全霊で没頭して音楽を作っていく姿勢など、学ぶところが大いにある。しかも、シンフォニーもオペラも幅広いレパートリーを持っている」と絶大な信頼を寄せるようになり、「こうした東京フィルの素晴らしさを活かしつつ、私のアイデアやインスピレーションを演奏に足していくよう努め、お互いに成長してこられたと思っています。もちろんこれからも一緒に成長していきたいです」と、これまでの実り多い関係を振り返ってくれました。
東京フィルと共演を重ねる中で、フランチャイズ会場であるオーチャードホールで数多くの公演に臨んだバッティストーニさん。その中でも特に印象に残っているものを尋ねたところ、真っ先に挙げてくれたのは演奏会形式のオペラ上演でした。「オーチャードホールはオペラや声楽が入った曲に適した音響を持っています。声の反響が強すぎず、イタリアの歌劇場を思い出させてくれるホールなんです」という言葉から、オペラの本場イタリアを原点に持つバッティストーニさんにとってオーチャードホールでの演奏が特別なものであることが伺えます。そういえば、今年3月のオーチャード定期演奏会で上演したオルフの世俗カンタータ『カルミナ・ブラーナ』も、独唱と合唱の迫力で聴衆を熱狂の渦に巻き込む圧巻の演奏でした。

東京フィルハーモニー交響楽団 第998回オーチャード定期演奏会より(2024年3月10日)
過去に幾度となく公演を行ったオーチャードホールの印象をバッティストーニさんに尋ねたところ、「声がとてもよく広がる」とオペラを得意とするマエストロらしいポイントを挙げてくれました。

満を持して取り組み始めたマーラー
交響曲第7番『夜の歌』の演奏に込める想いとは?

若きマエストロはどんな未来を見据えているのか? 今後の目標を尋ねたところ、「うまく説明できないのですが、私はある時急に、曲に恋してしまうことがよくあります。そうした感覚を大切にして新しいレパートリーをどんどん開拓しながら、今まで演奏したことのある曲をさらに良く演奏できるようにしたいですね」と語ってくれました。レパートリーの開拓にあたって特定の作曲家へのこだわりはないとのことですが、一方で最近マーラーに魅了されているそうです。
「指揮者が成長していく中で、その時々に合った作曲家がいます。例えば、私にとってマーラーは以前まで準備が整っていないと思っていましたが、今ようやく準備ができたかなと感じるようになり、本格的に演奏に取り組み始めているところです」
その言葉が示す通り、バッティストーニさんが今年11月にオーチャードホールでの東京フィル定期演奏会で演奏するのは、マーラーの交響曲第7番『夜の歌』。本作はマーラーの交響曲の中でマイナーかつ難解な作品と認識されていて、演奏機会も他の曲と比べてあまり多くありません。しかしバッティストーニさんはそうした世の評価に異を唱え、「誤解を解きたい」と意気込んでいます。
「マーラーの交響曲第7番は彼が成熟期に生み出し、作曲のテクニック面においても優れていて集大成のような作品。特に第2楽章がロマンチック! 最後のフィナーレも壮大で、とても劇場的な交響曲なのです。聴く人々に伝えかけてくるものがたくさんあるので、難解と思っている方たちに、実は分かりやすい曲なんだと知ってほしいですね」
さらに、こうした指揮者としての目標だけでなく、自ら作曲も手がけているバッティストーニさんは「自分の曲がもっと演奏され、もっと知られるようになりたい」という情熱も燃やしています。作曲でも成功を収めた指揮者というとマーラーやバーンスタインが思い浮かびますが、バッティストーニさんがこの系譜に名を連ねていく過程をぜひ追っていきたいですね!

文:上村真徹

〈プロフィール〉

1987年ヴェローナ生まれ。2008年に指揮者デビューを果たし、2013年ジェノヴァ・カルロ・フェリーチェ歌劇場の首席客演指揮者、2016年10月東京フィル首席指揮者に就任。スカラ座、フェニーチェ劇場、ベルリン・ドイツ・オペラ、ドレスデン州立歌劇場、バイエルン国立歌劇場、英国ロイヤル・オペラ、アレーナ・ディ・ヴェローナ、マリインスキー劇場、サンタ・チェチーリア国立アカデミー管、イスラエル・フィル等世界の主要歌劇場・オーケストラと共演を重ねている。

ホームページ https://www.andreabattistoni.it/
Facebook https://www.facebook.com/maestrobattistoni

〈公演情報〉

東京フィルハーモニー交響楽団 
第1008回オーチャード定期演奏会

2024/11/17(日)15:00開演
会場:Bunkamuraオーチャードホール

「Bunka Baton」では、“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語っていただきます。ぜひご覧ください。