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特別ワークショップレポート 第三弾 井上芳雄先生

舞台芸術の第一線で活躍するゲスト講師を招いての〈特別ワークショップ〉は、「コクーン アクターズ スタジオ(CAS)」の特色であり、学びのための強力な武器。7月21日は日本のミュージカル界を牽引する俳優の一人であり、ストレートプレイから映像作品までジャンルを超えた多彩な創作で存在感を示す井上芳雄さんをお招きし、シアターコクーンの舞台と客席を使った講座を実施しました。

 はじまりは、井上先生がシアターコクーンの舞台に立った作品と記憶を紐解くトークから。初登場は当時、コクーンと彩の国さいたま芸術劇場の芸術監督を兼任していた故 蜷川幸雄演出の『ハムレット』(2003年)で、その激しい演出ぶりに衝撃を受け、「その後のお誘いに、すぐには応えられなかった」という意外な言葉が冒頭から飛び出します。同じ蜷川演出の『冬眠する熊に添い寝してごらん』(14年)では内容の難解さに、漂流劇『漂流劇 ひょっこりひょうたん島』(15年)や『陥没』(17年)では劇世界の不思議さに翻弄されたこと、舞台装置の建て込みまで終えながら公演中止になった『桜の園』(シス・カンパニー制作 20年)への想いなどを真っ直ぐな言葉で語り、生徒たちも聞き入っていました。
 また、ミュージカル俳優の道を選んだことについて、「子どもの頃から憧れ、大学で学んでプロになれたことは幸せだと思っています。また1ヶ月超の稽古の先に2~3ヶ月の公演があるミュージカルは、日本で俳優として生計を立てるには最適の手段なんですよ!」と茶目っ気たっぷりに語り、場を大いに湧かせていました。

 続いては生徒たちお待ちかねの、井上先生による歌唱指導。ミュージカル『モーツァルト!』から「僕こそ音楽」と「ダンスはやめられない」のサビの一節を、生徒が舞台上で歌い、客席から井上先生がアドバイスをするというマンツーマンのレッスンです。スタンバイする生徒たちのテンションがグッと上がるのがひしひしと伝わってきます。
 短いながら語りの部分や強く歌い上げる箇所もある課題曲は、生徒にはハードル高めに感じましたが、全員がそれぞれ自身の中で役や作品のイメージを膨らませ、思い切りよく楽曲のドラマを体現するパフォーマンスには、ミュージカル経験の有無に関係なく魅かれるものが感じられました。

 井上先生は一人一人の歌唱に高い集中力で対峙し、コメントの冒頭ではまずその歌唱の良きところ、魅力的な部分を指摘。そこから「語り部分の感情を、歌にも乗せられるよう意識して」「歌の難しい箇所では無理に動かなくても大丈夫」「台詞と同様に歌を届ける相手を具体的にイメージして」など、すぐ実践できるようなアドバイスを一人一人に手渡していきます。一人3分の持ち時間を超えてレッスンは白熱し、真摯なアドバイスをたっぷり受けた生徒たちの表情には、大きな満足が浮かんでいました。

 歌唱指導の後は、生徒の質問に井上先生が答える形でのトーク。「自身の演技や表現に対する周囲の意見や批判に悩んでいる」「演出家の言葉に必要以上に振り回されてしまう」など、人生相談的な内容の質問が相次ぎ、「僕自身、圧の強い言葉での要請などは苦手だけれど、自分の責任だと一人で抱え込まず、身近なところで話したり相談したりして、分かち合えるとだいぶ気持ち的には救われると思います」という井上先生の言葉に皆、深くうなずいていました。

 2時間15分はあっという間に過ぎ、生徒たちは井上先生に感謝の言葉を伝えつつ名残惜し気に散会。講座後の井上先生に感想を訊くと、「“教える”ことは僕の本来の仕事ではありませんが、若く舞台芸術に真摯な方たちと新たに出会えるのは嬉しいことだと改めて思いました。表現者としての魅力は誰もが持っていて、それを増幅させるのが技術の部分。けれど残念ながら日本の舞台芸術界には、技術を身につける環境や教育機関が不足しているのが現状です。そんな状況を憂いて松尾スズキさんもこのスタジオを立ち上げたのだと思いますし、そのための力に少しでもなれたのなら大きな喜びです。また“教えることは学ぶこと”という言葉通り、今日の体験は僕自身にも多くの学びがあり、俳優としての自分が何を大切にしたいと考えているかに改めて気づくことができました」というアツい言葉が返ってきました。常に多忙な井上先生ですが、再びの登壇もそう遠くない日に実現するのでは、と期待が膨らみました。

文/尾上そら

次回のCAS通信もお楽しみに!

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