ピアノの詩人、ショパンの音楽をもっとよく知る3つのキーワード
39年間という短い生涯においてピアノに魅せられ続け、ピアノを用いる曲だけを作った19世紀の作曲家ショパン。彼が残した音楽といえば、「別れのワルツ」や「ノクターン」のように、耳に心地よい甘く繊細なメロディが印象的ですよね。そんなショパンの作曲家としての特徴や音楽の魅力を、3つのキーワードからさらに紐解いていきましょう。
キーワード①
サロン文化とピアノ小品
1810年にポーランドに生まれたショパンは、ほとんど独学でピアノの才能を伸ばし、即興演奏を得意とする天才ピアニストへと成長。そしてさらなる活躍の場を国外に求め、ウィーンを経て“芸術の都”パリで華々しいデビューを飾りました。その際、ショパンが頻繁に演奏を披露していた場所は、大きなホールではなく、貴族や富裕層の邸宅で開かれるサロンでした。
19世紀当時のパリは、上流階級の社交場としてサロンが盛んに開催され、そこでは場を和ませるために音楽が演奏されていました。自らの名前を売るため芸術家たちが足しげく出入りしていて、ショパンもその一人でした。もともと大人数の前に出ることを好まない内向的な性格で、また自身のピアノを弾く音量があまり大きくなかったこともあり、サロンのような小会場で少ない聴衆を相手に演奏することを好んだのです。
それに伴い、ショパンはサロンの雰囲気に合う詩的でロマンチックなピアノ小品を数多く手がけ、またピアニッシモ(とても弱く)やピアニッシッシモ(ピアニッシモよりさらに弱く)という繊細な音楽世界を追求。細かい指使いで情感豊かな音色を奏でるショパンは、たちまちサロンの寵児となったのです。
キーワード②
ポロネーズとマズルカ
パリで音楽家として成功を収める一方、ショパンは祖国ポーランドへの望郷の念を抱き続けました。そんな彼にとってのアイデンティティともいえる特別な作品が、ポロネーズとマズルカです。
ポロネーズとマズルカはいずれもポーランドの民族舞曲で、ポロネーズが貴族向けの踊りであるのに対し、マズルカは農民の間で親しまれた踊り。いずれも独特のリズムを刻み、ポロネーズが堂々とした格調高さを感じさせるのに対して、マズルカは飾らない素朴さが特徴的です。ショパンはこれらの要素をピアノ楽曲にうまく取り込み、自らの民族性を表現しつつ洗練された芸術作品へと昇華させたのです。
ショパンが作ったピアノ独奏用のポロネーズが16曲なのに対して、マズルカは50曲以上もあります。ドラマティックで技巧的な要素の強いポロネーズが作曲にエネルギーを要したのに対して、素朴でシンプルなマズルカはもっと日常的な感覚で作曲していたのでしょう。遠く離れた故郷を思いながら自らの心象風景を投影したマズルカに耳を傾けると、きっと人間ショパンの等身大の想いが感じ取れるはずです。
キーワード③
プレイエルとエラール
19世紀はピアノが目覚ましい技術革新を遂げていき、作曲家たちはその性能を活かして音楽表現の可能性を追求し続けました。当時は今よりもピアノの種類によって音に個性があり、なかでもショパンが好んで使用したのがプレイエルとエラールでした。
プレイエルはわずかなタッチの変化にも敏感に反応し、柔らかくまろやかな音色を出すのが特徴的。美しく歌うようなピアノ奏法を信条とするショパンにとって、プレイエルは自らが理想とする音の表現に不可欠で、また作曲のインスピレーションの源でもありました。一方、エラールの音色は響きが華やかで音量も豊か。打弦をスピーディに行える構造になっているため、トリルやトレモロなどの素早い連打を可能としました。いわば超絶技巧を要する曲に向いていて、リストもエラールを愛用していました。
こうした楽器としての違いを踏まえて、ショパンは「疲れている時、気分が優れない時はエラールを弾く。気分が良く体力のある時にはプレイエルを弾く」という言葉を残しています。
2023年10月29日にオーチャードホールで開催する『Piano’s Monologue 亀井聖矢 ~オール・ショパン・プログラム~ 第1回 ピアノ・リサイタル』では、ポロネーズやマズルカなどショパンの民族性に根ざしたピアノ小品を交えたプログラムを構成。また、ショパンが使用していたものと同じ種類のプレイエルとエラールでも演奏され、当時に近い音色を聴くことができます。“ピアノの詩人”ショパンの魅力をもっと知ることができる演奏会にご期待ください。
文:上村真徹
〈公演情報〉
Piano’s Monologue 亀井聖矢
~オール・ショパン・プログラム~
会場:Bunkamuraオーチャードホール
第1回 ピアノ・リサイタル 2023/10/29(日)15:00開演
第2回 室内楽 2025/1/12(日)15:00開演
第3回 協奏曲 2025/7/13(日)15:00開演
本公演に出演する亀井聖矢さんへのインタビューも掲載しています。合わせてお読みください。
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