Bunka Baton 亀井聖矢(ピアニスト)・前編
“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語る「Bunka Baton」。2022年のロン=ティボー国際音楽コンクールで第1位に輝き、ますます注目が集まっているピアニストの亀井聖矢さんです。今回は前編として、亀井さんを導いた恩師からの教えや、海外コンクールでの裏側を語っていただきました。
数々の恩師と出会ったおかげで
現在の自分がいる
2022年11月13日、パリで開催された若手音楽家の登竜門・ロン=ティボー国際音楽コンクールピアノ部門で、日本人として7人目の優勝を達成した亀井聖矢さん。超絶技巧で聴く人を魅了する気鋭のピアニストで、弱冠10歳にしてリストの「ラ・カンパネラ」を見事に弾きこなす動画で早くから注目を集めていました。そんな亀井さんの原点は、ピアノを習い始めて最初に出会った恩師の存在でした。
「僕にとっては、自分で聴いて『いい曲だな』と思った曲を弾くことがピアノを習うモチベーションでした。『ラ・カンパネラ』もまさにそうです。最初に習った先生がとても優しい方で、普通なら『子どもには難しい』と止めるところを、弾きたいという思いを尊重してくださったんです。そのおかげで、好きという気持ちのままピアノを続けられたんだと思います」
その後も多くの指導者に師事し、「どの先生がいなくても今の僕はない」と感謝の気持ちを忘れない亀井さん。その中でも、高校時代に師事した杉浦日出夫さん(愛知県立明和高校音楽科講師)から受けた教えは「言葉での指導はもちろんですが、隣に座って実際に演奏していただくことで、音色の聴き方や追い求め方など多くの影響を受けました。間違いなく今の自分の基盤になっていると思います」と大きな糧になったそうです。
もう1つ、大きな影響を受けた教えとして挙げてくれたのが、ピティナ・ピアノコンペティションの本選直前での演奏の仕上げ中に、中学時代から師事していた長谷正一さん(桐朋学園大学院大学、洗足学園音楽大学講師)にかけられた言葉。曲を弾きこなせるようになった亀井さんが、余裕を持ちながら上手に弾こうとしたところ、「それでは聴く人を感動させられない」と指摘されたのです。「『マラソンで同じタイムを走った人がいたとして、全力で走った人には感動するけど、余裕を持って走った人には誰も感動しない。自分が弾きたいと思う音楽を120%表現しないと、聴く人に伝わらないよ』と言われました。この言葉は今でも強く印象に残っています」と、メッセージの意味を噛み締めるように振り返ってくれました。
成長できる環境へ自ら飛び込み
念願の国際コンクールに挑戦
高校1年で参加した学生音楽コンクールに優勝した亀井さんは、その演奏を聴いた桐朋学園大学の学長から“飛び入学”を勧められ、高校3年になる年に桐朋学園大学へ進学。「大学ではハイレベルかつ刺激的なレッスンを受けることができ、一音一音のとらえ方も大きく変わりました。また、周囲には自分が受賞したコンクールをすでに受賞しているような人たちばかりで、仲間から受ける刺激もありました」と語るように、思い切って新しい環境に飛び込むことで飛躍的に成長しました。このように充実した日々を送る一方、ピアノに全精力を注ぎすぎて「初めての一人暮らしで、着る服がなくなるまで洗濯しなかったり、使える食器がなくなるまでシンクにためていた」など、生活面では大変な思いをしたそうです。
大学1年の2019年に日本音楽コンクールピアノ部門第1位、ピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリに輝いた亀井さんには「クラシックの本場である西洋で挑戦したい」という強い意欲がありました。「本当はもっと早く参加したかったけど、コロナ禍の影響で遅れてしまいました」という事情もあり、2022年に満を持して3つの海外コンクールに挑戦。1回目のマリア・カナルス国際ピアノコンクールで第3位、2回目のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールでセミファイナル進出と順調に入賞を重ね、3回目のロン=ティボー国際音楽コンクールで見事優勝を果たしました。
「最初のうちは『1位を獲らなきゃ』という邪念がありましたが、回を重ねるごとに『結果を意識しすぎず本番に臨んで、自分の120%の音楽を届けよう』と思えるようになりました。そうやって練習と本番のメンタリティとのバランスがうまく整ったのが、ロン=ティボー国際音楽コンクールの時だったんです」と最高のパフォーマンスを実現できた秘訣を教えてくれた亀井さん。「結果がどうなってもいい」と思って弾くことができ、終わった後も自分の演奏に満足していたので、結果を聞いた時も嬉しいというより「今までの頑張りが報われて良かった」とホッとしたのだとか。それでも「自分のピアノ人生を一段上がることができました」と大きな手ごたえを得たのです。
国際コンクールで直面した
今までで最も大きな壁
一見すると挫折を経験することなく順調にステップアップしているように見える亀井さんですが、壁に直面したことはないのでしょうか? 挫折の経験について尋ねてみたところ、「高校1年の学生音楽コンクールまでは1位になったことがなく、ピティナでもいろんな級に挑戦し予選落ちしていました」と結果面では必ずしも順調ではなかったことを告白。ただ、あまり結果に固執するタイプではないことから、「結果が出なくてもいちいち落ち込まず、乗り越えていけました」とのこと。そうやって結果に一喜一憂しないからこそ、コンクールで自らの課題を冷静に自覚することができ、それらを克服することで成長を遂げていったのです。
結果に関する壁を自覚したことのない亀井さんですが、ロン=ティボー国際音楽コンクールに向けての練習では“プロセスの壁”を経験。「自分が得意としていなかった課題曲で、他の参加者とどう差をつけるべきか模索する中で、課題を克服したと思ったら次の日には新たな課題が見つかるという一進一退の繰り返しでした。自分が前に進んでいる実感を得られず、辛かったですね」と苦悩の日々だったそうです。それでも、新しい視点からのアプローチを根気強く積み重ねることで壁を乗り越え、本番で最高のパフォーマンスを実現したのです。
文:上村真徹
写真:上野隆文
後編ではコンサートやコンクールにかける思いなど伺っています。ぜひこちらもお読みください。
〈プロフィール〉
2001年生まれ。4歳からピアノを始め、愛知県立明和高校で2年生を終えた時点で桐朋学園大学音楽学部に進学。2019年に日本音楽コンクールピアノ部門第1位とピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリに輝き、2022年11月にはロン=ティボー国際音楽コンクールで第1位と併せて「聴衆賞」「評論家賞」の特別賞を受賞。2022年12月にはサントリーホールでのリサイタルデビューを果たし、1stフルアルバム「VIRTUOZO」もリリース。2023年5月から自身初となるソロツアーを全国12公演で開催、約17,000人を動員し好評を博した。
〈公演情報〉
Piano’s Monologue 亀井聖矢
~オール・ショパン・プログラム~
会場:Bunkamuraオーチャードホール
第1回 ピアノ・リサイタル 2023/10/29(日)15:00開演
第2回 室内楽 2025/1/12(日)15:00開演
第3回 協奏曲 2025/7/13(日)15:00開演
「Bunka Baton」では、“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語っていただきます。ぜひご覧ください。