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感動が生まれる場所~劇場紹介 その⑨シアターコクーン

Bunkamuraの主催企画を開催する劇場やホールをご紹介するレポート。「一度は生で音楽や演劇を鑑賞してみたい」と思っている方が気軽に足を運ぶきっかけになるよう、またすでに何度も足を運んでいる方も「このホールはこうなっていたのか!」と新たな発見を得られるよう、様々な角度から劇場・ホールの特徴に迫ります。 第9回は、東京・渋谷の複合文化施設Bunkamuraの劇場として、これまで数々の話題作を上演してきたシアターコクーン。2023年4月から現在まで長期休館中ですが、芸術監督・松尾スズキが主任を務める演劇人養成所「コクーン アクターズ スタジオ」の発表公演を2025年3月に開催するため特別に復活! そこで今回は、シアターコクーンならではの劇場空間の特長や魅力をご紹介します。


文化の作り手ありきで設計された
変幻自在な“やわらかい劇場”

1989年にBunkamuraが開業した際、さまざまな舞台表現のための空間劇場として誕生したシアターコクーン(コクーンは「繭」という意味)。フランチャイズ劇団であったオンシアター自由劇場の『A列車』でこけら落とし公演を行って以来、演劇、コンサート、コンテンポラリーダンス、さらにはコクーン歌舞伎など多種多様な演目を上演してきました。
こうしたシアターコクーンのあり方は、「文化の発信者・作り手・アーティストたちを大事にしたい」という企画段階のコンセプトが原点になっています。劇場設計の専門家である建築家・斎藤義さんとシアターコクーン初代芸術監督・串田和美さんを中心にコンセプトを具現化するアイデアを話し合い、ハード(建物)ありきではなくソフト(活動する作り手)優先で設計。そうして完成したのが、1ヵ月程度の公演期間の作品ごとに、舞台や客席を含めた劇場空間を自在につくり変えることができるという、当時としては斬新な自由度の高い劇場でした。

1989年9月3日、シアターコクーンのオープニングを飾った『A列車』。公演前に俳優たちが観客のふりをして客席で寸劇を繰り広げたり、幕切れに舞台正面奥の搬入口から列車が登場するなど、ユニークなアイデア満載の公演でした。

たとえば、舞台面と1階前方客席は可動式になっていて、舞台を客席にせり出したり、客席エリアに平土間席(座布団を敷いた観客席)やセンターステージ(本舞台側にも客席を設ける対面型客席)を設けたり、さまざまな形状に変更できます。なお、平土間席は1994年から始まった渋谷・コクーン歌舞伎で初めて採用され、センターステージは2000年の蜷川幸雄演出作『グリークス』が最初。また1993年の串田和美演出作『三文オペラ』では、舞台の床と客席前方の床を一旦取り外し、一段下がった床を仮設して土を盛るという前代未聞のセットを組みました。
さらに独特なのが、舞台奥に搬入口がある構造で、搬入口を開くとその向こうに渋谷の街が見えます。こうした構造によって車両や大道具を外から舞台上へ持ち込む演出が可能になり、こけら落とし公演『A列車』では扉の向こうから列車が登場したり、1996年の渋谷・コクーン歌舞伎第2弾『夏祭浪花鑑』では神輿を担いだ役者が現れるなど、数々の印象的なシーンを生み出しました。ちなみに、元々は舞台の袖に搬入口を配置する予定でしたが、演出への活用を想定していた串田さんの強い要望で舞台中央の奥に設けたそうです。


渋谷の街へと続く舞台奥の搬入口を演出のために開閉したり、1階前方の客席を解体してセンターステージや平土間席を設けたり、自由度の高い舞台機構を生かしたユニークな演出や空間はシアターコクーンならでは。

自由な発想の演出を可能にする
舞台機構の秘密に迫る!

今回の取材では、こうした多様な劇場空間づくりの秘密に迫るべく、普段はスタッフしか入ることのできない舞台の裏側に潜入しました!
シアターコクーンでは舞台だけでなく1階前方席の床下にも奈落(地下スペース)があります。平土間席のように変則的な客席やセンターステージを設ける際は、まず座席と階段を撤去し、短い柱で支えられた組床を人海戦術で解体しているのです。なお、楽屋から奈落への移動も可能で、2000年の串田和美演出作『VOYAGE ヴォヤージュ 船上の謝肉祭』では客席下奈落からセンターステージに出入りできる美術セットを組みました。

1階1~4列目の床はボタン1つで昇降し、座席を取り外して張り出し舞台として使うことが可能。また、舞台と客席の奈落にそのまま出入りできるようにもなっています。客席の奈落は短い柱などが複雑に入り組んでいて、センターステージや平土間席を設ける際はこれらを人力で解体しているのです。

舞台上空のブドウ棚(格子状に組まれた設備)には昇降可能な点吊り装置があり、大道具や舞台セットを吊るすバトンが21cm間隔で設置されています。近年の劇場ではバトンの設置間隔は30cm前後が当たり前になっていますが、シアターコクーンの誕生当時はこれほどたくさんバトンを設ける機構は斬新でした。シアターコクーンの公演はオリジナル作品が多いため、美術家も多数のバトンを有効活用するセットや演出をあらかじめ考えるそうです。

舞台上空のブドウ棚は鉄骨の上を歩くことができ、舞台裏から照明室まで移動できます。圧巻なのが、21cm間隔でビッシリ設置されている点吊り装置。蜷川幸雄演出の『道元の冒険』で約20台ものテレビをぶら下げるなど、作品ごとに独自のアイデアで活用されてきました。

また、シアターコクーンならではの大胆な演出として印象深いのが“水”。過去には2003年の松尾スズキ演出作『ニンゲン御破産』でプールのような水槽を美術セットに組み込んだり、1994年の渋谷・コクーン歌舞伎第1弾『東海道四谷怪談』では役者たちが巨大な水槽の中で立ち回りを披露しました。実は2004年までこうした演出専用の水道設備はなく 、数十トンもの水を購入し、数台のタンクローリーから直接ホースで供給していたのです。なお、45℃程度の水を発注すると翌日には役者が入るのにちょうどいい水温になり、長期間利用する場合は電熱棒で水温を上げたそうです。

舞台と客席との間に生まれる一体感と臨場感
その秘訣はコンパクトな空間設計にあり!

シアターコクーンは総客席数747席という中規模の劇場ながら、残響音が約1秒に設計されているため生声でも台詞を聞き取りやすく、また舞台と客席が一体感を感じやすくなっています。その秘訣は、舞台から1階最後列の客席までの距離が24m、さらに客席左右に3層のサイドバルコニー席を設けるといったコンパクトな空間設計にあります。
1階席は後方まで傾斜があり、前方だと舞台に立つ役者の表情や仕草を間近に見ることができ、中央から後方ではステージ全体が視野に入ります。さらに2階席からは、美術セットも含めて舞台空間を俯瞰しながら鑑賞することが可能。また、2階正面席よりも近い距離から斜め向きに舞台を見下ろすサイドバルコニーも独特の臨場感があります。こうした一体感や臨場感はステージに立つ役者も感じることができるもので、1階・中2階・2階と3層のバルコニーからお客様に囲まれるカーテンコールは「役者にとってたまらない臨場感」があるそうです。
また、お客様が長時間の公演を快適に鑑賞できるよう、随所に工夫を施しています。たとえば、オーチャードホールと同じく椅子の座の先端側が臀部側に比べて細い三角形になっています。こうした構造によって、着席時に膝裏に当たる部分が減って足元のスペースに余裕が生まれ、ふくらはぎが圧迫されず足を引く動作もスムーズに行えるようになるのです。さらに、2階とサイドバルコニーは1階よりも背もたれを数cm高くしています。

演劇界の未来を担うスター候補生たちの
発表公演ミュージカルに期待したいこと

今回取材に応じてくれた野中昭二テクニカルディレクターに、これまでの数々の独創的な劇場空間の中でも特に印象に残っているものを尋ねたところ、シアターコクーンで初めてセンターステージを設けた『グリークス』を挙げてくれました。
「最初にアイデアを聞いた時は『そんなことができるのか』と驚きましたね。アイデアを実現するために東京都や消防庁と相談しながら工期を考えたり、3部作の通し公演に出演するたくさんの俳優の楽屋を調整したり、いろいろ大変でした。あと、9時間半もの公演が終了して客席から拍手が起きた際、お客様同士も『最後までよく見たね』という感じで拍手を送り合っている光景が感動的だったことを覚えています」

そしてもう1つ印象に残っている劇場空間として挙げてくれたのが、2002年に串田和美演出作『ゴドーを待ちながら』を上演するために特設された小劇場「TheatrePUPA(シアターピューパ。コクーン=“繭”に対して、繭の中にある“さなぎ”=ピューパと命名)」でした。 「747席もある座席を一切使わず、ステージの上に舞台と仮設の客席をつくって上演しました。わざわざ劇場でテント芝居を行うという発想が面白かったです。串田さんもいろんなことを試すのが楽しかったんでしょうね」
串田和美演出作『ゴドーを待ちながら』の上演にあたって、舞台上に小劇場「TheatrePUPA」を設営。非常口の扉が観客の入場口で、舞台下手袖にあたる場所がロビー、そして演者を囲むように客席を設けるという、斬新な演劇空間を創造しました。

2025年3月にはシアターコクーンでの2年ぶりの公演として、次世代を担う演劇人のための学び場「コクーン アクターズ スタジオ」で約1年間学んだ生徒24名がその成果を披露する、松尾スズキ書き下ろしの新作ミュージカル『アンサンブルデイズ―彼らにも名前はある―』を上演します。この公演に期待することを野中さんに尋ねたところ「出演するのが無名の役者たちなので演出に制約がなく、脚本を生徒の当て書きにすることもできるはず。意外な傑作に仕上がるのではないでしょうか」と語ってくれました。さらに「本作で演出を務める杉原邦生さんは、学生時代にシアターコクーンでいろんな舞台を鑑賞し、搬入口を使った演出(COCOON PRODUCTION 2022 NINAGAWA MEMORIAL『パンドラの鐘』)なども取り入れられています。ぜひ、それ以上に大胆な演出を考えてくれたら面白いですね」と期待を寄せています。

松尾スズキが主任となって2024年4月に開講した「コクーン アクターズ スタジオ」では、シアターコクーンの舞台を使って日々レッスンを行い、未来を担う新たな演劇人を育てている。

“やわらかい劇場”という開館当初のコンセプトを今も大切にし、自由度の高い舞台機構を生かした先人たちのチャレンジ精神を受け継ぐ、シアターコクーンならではの舞台に今後も期待しましょう!

文:上村真徹


〈公演情報〉
COCOON PRODUCTION 2025
Bunkamuraオフィシャルサプライヤースペシャル
『アンサンブルデイズ―彼らにも名前はある―』

2025/3/20(木・祝)~3/23(日)
Bunkamuraシアターコクーン

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