Bunka Baton HIMARI(ヴァイオリニスト)
“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語る「Bunka Baton」。今回は、若くして世界にその名を響かせている天才ヴァイオリニストのHIMARIさんをクローズアップします。
音楽への深い洞察と広い視野が豊かな表現を生み出す
2023年3月、N響オーチャード定期に初出演したHIMARIさんは、パガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番を演奏しました。この曲はソリストに多くの超絶技巧が求められる難曲ですが、パガニーニの楽曲は「雰囲気がオープンであり、急に繊細な音色になるところが美しいです」とその魅力を話してくれました。すでに海外での演奏経験もあり、リハーサルで「イタリアの作曲家なのでオペラを歌うように弾きたい」と語った意気込み通り、テクニックのみならず感情豊かな表現でも聴衆を唸らせました。彼女自身も、オーチャードホールの音の響きを気に入っていることもあり、N響との共演を大いに楽しめたようです。
HIMARIさんのように天才と呼ばれるアーティストは、型にとらわれず自由闊達に演奏するスタイルを連想しがちですが、彼女はあらかじめ曲に応じて明確なテーマを決めてから演奏に臨んでいます。「私の頭の中には作曲家ごとにイメージがあり、そのイメージに合わせて音楽の演奏や勉強をしています」。この言葉からも、決して独善的にならず、作曲家や楽曲と真摯に向き合おうとする彼女の誠実さが伺えます。
そうした音楽への姿勢は、一緒のステージに立つ他の演奏家との向き合い方にも表れています。アンサンブルやデュオでは「周りの人と音を合わせ、一緒に音楽を作ろうとしています」と、一方オーケストラとコンチェルトで共演する際は「自分が目立つようソリスティックに演奏することを心掛けています」と、シチュエーションの違いを理解した上で己の技術と持ち味を柔軟かつ最大限に表現しているのです。さらに、「オーチャードホールのように広い会場では、フォルテ(強く)やピアノ(弱く)といった音色の変化を、最前列の人だけでなく最後方の人にも気づいてもらえるよう大胆に演奏することを意識しています」と、会場の規模まで念頭に置くという視野の広さも持ち合わせているのだから、脱帽するしかありません。
ヴァイオリニストの母から受けた影響と教えが礎に
HIMARIさんはわずか3歳でヴァイオリンを始めていますが、そのきっかけとなったのはヴァイオリニストであるお母さんでした。幼い子どもがお母さんの真似をしたがるように、「母が毎日ヴァイオリンを練習している姿を見ているうちに、自分も演奏してみたいと思うようになりました」と当時の記憶を振り返るHIMARIさん。ヴァイオリンの難しさや音楽の世界の厳しさを知っているお母さんは、娘がただ演奏を楽しんでくれたらそれだけで十分だったそうですが、彼女は「習い始めたらすごく集中し、プロを目指したいと思うようになりました」と自らの意志で未来へと一歩を踏み出したのです。
お母さんがHIMARIさんに与えた影響は、こうした音楽の世界への導きにとどまりません。彼女はステージに立つ時、常に「人のために演奏すること」を心掛けているそうですが、これは「音楽は人のために捧げるもの」というお母さんの教えに基づいたもの。HIMARIさんは演奏に際して、「パガニーニの演奏ならオペラを歌っているような響きを聴いてほしいし、バッハの演奏では教会にいるような気持ちになってほしい」と楽曲の特徴や魅力を伝えることに努め、聴き手のことを第一に考えています。彼女の演奏を聴いているうちに、何とも言えない親密な感覚が芽生えるのは、こうした音楽を介したコミュニケーションを交わしているからではないでしょうか。
努力を欠かさぬ神童はさらに飛躍する
2022年に念願だった難関名門校・カーティス音楽院に最年少で合格したHIMARIさんは、現在はアメリカに拠点を置き、大学生たちに混じってハイレベルな音楽の勉強に日々励んでいます。豪華な講師陣から教えを受ける機会も多く、音楽院で学んでいる内容を尋ねると「オーケストラの授業でヤニック・ネゼ=セガンが指揮してくれたり、ヒラリー・ハーンやユジャ・ワンの演奏をマスタークラスで聴けたり、毎日が刺激です」と興奮を隠せません。また、個別レッスン以外にも学生たちが互いの演奏を聴くクラスもあり、「自分も一緒に頑張ってうまくなりたい!」と大いに刺激されているそうです。
こうした彼女の向上心と成長を後押しするかのように、これまで演奏していた8分の7サイズのヴァイオリンから、最近になってフルサイズのストラディヴァリウスを使用するようになりました。名器を手にした感想を「8分の7サイズと比べて音が大きくなっただけでなく、出せる音色も増えたので、新たなクレッシェンドや音色を表現できるようになりたい」と語る彼女の表情は、とても嬉しそうでした。
今後の目標を尋ねると、「コンチェルト、ソナタ、無伴奏など全部の曲を弾けるようになりたいです。その中でも、ブラームスのヴァイオリン協奏曲やバッハのシャコンヌなど、多くのヴァイオリニストが感動的な演奏を残している王道中の王道を私も弾きたい。そして、ウィーン・フィル、シカゴ交響楽団、ベルリン・フィルとも共演するのが夢です」と目を輝かせて答えたHIMARIさん。これまで努力を続け、目覚ましい成長をとげてきた彼女の夢は、そう遠くない未来に実現することでしょう。
文:上村真徹
写真:Hikaru.☆
〈プロフィール〉
2011年生まれ。3歳からヴァイオリンの演奏を始め、4歳からコンクールに出場。7歳から海外のコンクールにも挑戦し、国内外42のコンクールですべて1位に輝き、各賞の史上最年少優勝記録を更新し続けている。また、6歳でプロオーケストラとの共演を果たし、モスクワフィルハーモニー管弦楽団や東京フィルハーモニー交響楽団など国内外の著名オーケストラと共演している。
Instagram @himariviolin.official
【期間限定】公演映像配信中!
2023/3/11(土)
N響オーチャード定期2022-2023シリーズ
「コンサートホールで世界旅行!」 2nd Season 第123回
「Bunka Baton」では、“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語っていただきます。ぜひご覧ください。