役割を終えた廃材を動物アートへと生まれ変わらせる/富田菜摘さんインタビュー
“文化の継承者” として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語る「Bunka Baton」。今回は、本来の役割を終えた廃材をアートの素材として用い、愛らしい動物などユニークな立体作品を生み出している現代美術家の富田菜摘さんです。
廃材で動物を創作するスタイルはどうやって生まれた?
生き生きと躍動感にあふれていて、どこか表情がユーモラスな動物の立体アート――しかしよく見ると、体のパーツが日用品や空き缶などの廃材で構成されている! そんな富田さんのユニークな創作スタイルのルーツは、「将来は芸術に携わる仕事がしたい」という夢を抱いて美術予備校に通っていた高校3年生までさかのぼります。
「予備校の文化祭で学生たちが自由制作を行うことになっていて、作品のモチーフも大きさも素材もすべて自由でした。私は当時興味を持っていたガラパゴス諸島に生息するウミイグアナを作りたいなと思ったんです。そこで、大自然の象徴のような場所の生き物を作るなら何が素材に適しているかなと考えた時に思い浮かんだのが、その対極にある都市の廃材でした。そうやって素材自体に意味のあるものを使うことで、自分なりの環境へのメッセージを作品に込められるんじゃないかと考えたんです」
そして誕生したのが「鉄兵」と名付けられた作品(富田さんが男性として生まれたら付けられる予定の名前だったとか!)。これをきっかけに廃材を素材に用いて動物を作る楽しさに目覚めた富田さんは、多摩美術大学の絵画学科に進学してからもまったく油絵を描かず、ひたすら立体作品に取り組み続けたそうです。
「大学から課題は出ましたが、そのとらえ方は自由で、必ずしも絵で表現する必要はありませんでした。例えば、『ある映画を見て何かを作りなさい』という課題に対して、絵でも立体でも映像でもパフォーマンスでも自由。同級生の斬新な発想から刺激を受けつつ、私自身もいろんな発想ができて楽しかったですね」
こうした自由な環境でのびのびと想像力を育む一方、大学で受けた教えは富田さんのその後の作家活動にとって大きな糧となりました。その一つとして挙げてくれたのが「作家性」。例えば、空間の写真を与えられて『ここで展覧会を開くとしたら、どんなものにするか』といった、“自分の作品をどう見せるか”という発想を鍛える課題をたくさん与えられたそうです。その成果を富田さんは「おかげで『この会場だったらこんな展示をする』といった意識を早くから持つことができ、大学を卒業してからもスムーズに作家活動を続けられたと思います」と振り返ってくれました。
そしてもう一つ、先生から受けた教えで忘れられないものとして挙げてくれたのは「作家になるなら“続けること”が大事」という言葉でした。たとえ一度の展示で十分な反応を得られなかったとしても、二度・三度と続けていくことで面白さに気づく人が増え、コレクターが作品を買ってくれたりライターが記事を書いてくれたりする──。実際、在学中に初めて個展を開催した富田さんは、その時に作品を購入してくれた海外のギャラリーから依頼を受けて卒業後にシンガポールで個展を開催したそうで、「一つひとつ取り組んだことが次につながっていって、本当に“続けること”は大事だなと今でも思いますね」と言葉の意味を噛み締めるように語っていました。
ストーリーと温かみを持つ廃材との思いがけない出会いを大切に
「好きなウミイグアナを作ってみたい」という素直な思いから立体作品の創作を始めた富田さん。その後も現在に至るまで生き物をモチーフに制作し続けている理由は、廃材への特別な思い入れがあるからです。
「廃材という一度役割を終えたものに、生き物として生まれ変わってほしい――。そんな思いから生き物の作品をずっと作り続け、命のないものに命を吹き込んでいます。だから、機械のように生き物でないものは作りません。そうして完成した作品には我が子のような愛着があり、すべて自分の子どものように名前を付けています」
また、素材としての廃材の魅力を尋ねたところ、「ストーリー」と「温かみ」を挙げてくれました。「廃材にはそれぞれたどってきた歴史があり、誰がどこでどう使ってきたかというストーリーが表面の色あせやサビ・傷となって刻まれていきます。それってロマンティックですよね」。さらに廃材が持つ温かみの意味と効果について「私の作品は金属の廃材で作っていますが、これが全部新品の金属だと、もっとロボットぽい冷たい感じになると思うんです。でも、サビや使い込まれた不具合が生き物の温かみのように感じられて、動物という作品の形に馴染んでるんだろうなと思います」と説明してくれました。富田さんの作品から感じられる生命力と愛らしさは、このように廃材の持ち味を十分に生かしているからこそなのですね。
廃材への深い愛着を教えてくれた富田さんですが、そこで素朴な疑問が湧き上がりました。日ごろの創作において、気に入った廃材をまず選んでから作品のモチーフを考えているのか、あるいはモチーフを決めてから素材に使える廃材を選んでいるのか? そんな「卵が先か、鶏が先か」の疑問の答えは「両方」。通常は「この動物を作ろう」と先にモチーフを考えてから、素材として適した廃材を保管部屋から引っ張り出していますが、個展のテーマに沿って廃材を集めてからモチーフを考えることもあるそうです。例えば、2017年にBunkamura Galleryで開催した個展『Wonder Orchestra』では、音楽を演奏する場でもあるBunkamuraにちなんで楽器の廃材を集め、鼻がトランペットのゾウや胴体がヴァイオリンのウサギなど、廃材の特徴を生かした作品を生み出しました。また、今年4月の個展『古き良きものたち』でも、大正時代のシンガーミシンやタイプライターを用いた孔雀の「縫華」など、最初に“古き良きもの”という廃材ありきで発想した作品を発表しています。
ちなみに、富田さんにとってどちらが作りやすいかというと「モチーフに沿って廃材を選ぶスタイル」だそうです。「長年作り続けてきてやっと、頑張れば何とかなるようになってきたけど、廃材から何を作るか考えるのはやっぱり大変。廃材を生かす形で使わないと意味がないので、そこが難しいんです。しばらく寝かせてからようやく発想が浮かぶこともあり、「縫華」のシンガーミシンも同級生の祖母にいただいてからモチーフを着想するまで10年かかりました」と産みの苦しみを教えてくれました。
このように富田さんが廃材ありきの発想に苦戦するのは、それぞれストーリーが存在する“一点物”といえる廃材への敬意と愛情があるからこそ。「何でもない空き缶だと気軽に使えますが、素敵すぎるものは『それ自体を損ねちゃいけない』と思い、逆に使いづらいんです。モノをモノ以上にできてこそ、廃材は生き物という作品へと生まれ変わるものだから」。そんな富田さんにとって「縫華」の完成は「素敵な廃材を10年越しに作品化することができ、作家として成長できたなと思っています」と、さらに一皮むけるきっかけになったそうです。
時と場所によって廃材が変わることで、作品も変化していく
今年7月からBunkamura Gallery 8/で個展『WONDER CIRCUS』を開催する富田さん。いったいどんな作品世界を体験させてくれるのでしょうか?
「Bunkamura Gallery 8/は床が白くて明るいイメージの合う空間で、また渋谷も活気のある街なので、楽しい展覧会にしたいなといつも思っています。そこで今回はサーカスをテーマに、ゾウやライオンなどサーカスに登場しそうな動物たちを制作しました。サックスをゾウの鼻に、扇風機やメジャーをライオンのたてがみに、といろんなものを使うことができ、満足できる作品が仕上がったと思います」
さらに、単に作品一つひとつを台に置いてきれいに並べるのではなく、展示方法にも工夫を凝らしたいとのこと。「今回の展覧会はサーカスらしい楽しい空間づくりを目指しています。サルをたくさん天井からぶら下げたり、思わぬ場所にこっそり作品を忍ばせたり、インスタレーションのように空間としても楽しめるようにしたいですね」
最後に富田さんは、今後の抱負として次のように語ってくれました。
「廃材にはそれぞれストーリーが刻まれていますが、さらに廃材は時と場所によっても変化するもの。例えば、国によって書かれている文字が違ったり、携帯電話の形が時代によって変わっていくように。そうした変化を作品に取り入れながら、その時々に新しく出会う廃材を大切に生かしていくことで、私の作品も自然と変わっていけばいいなと思っています」
時代とともに変化し、新しい驚きや楽しさを与えてくれる富田さんの廃材アートにこれからも注目していきましょう!
文:上村真徹
〈プロフィール〉
東京都生まれ。2009 年に多摩美術大学絵画学科油画専攻卒業。不要となった日用品・電子機器・廃材を組み立てた動物の立体作品や、新聞・雑誌を素材にした人物作品を制作。多摩美術大学の在学中に初めて個展を開催し、その後も国内外の個展やグループ展で作品を発表する傍ら、ミュージックビデオのアートワークや店舗・TV 番組の美術制作、身近にある廃材を使ったワークショップの開催など多方面で活躍中。
〈展覧会情報〉
富田菜摘 個展
WONDER CIRCUS
開催期間:2024/7/20(土)~8/5(月)
会場:Bunkamura Gallery 8/ (渋谷ヒカリエ8F)
「Bunka Baton」では、“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語っていただきます。ぜひご覧ください。