Bunka Baton 亀井聖矢(ピアニスト)・後編
“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語る「Bunka Baton」。2022年のロン=ティボー国際音楽コンクールで第1位に輝き、ますます注目が集まっているピアニストの亀井聖矢さんです。今回は後編として、亀井さんにとっての理想の演奏、これから見すえている未来、そして2023年10月29日にBunkamuraオーチャードホールで開催されるリサイタル『Piano's Monologue』への意気込みを語っていただきました。
コンクールでもコンサートでも
音楽にかける気持ちは同じ
2022年11月のロン=ティボー国際音楽コンクール優勝の余韻も冷めやらぬ中、同年12月にはクラシック・コンサートの聖地サントリーホールでのリサイタルデビューを実現。さらに2023年5月から自身初となるソロでの全国ツアーを開始し、10月29日にはオーチャードホールで『Piano's Monologue』と題したオール・ショパン・プログラムのリサイタルが控えています。亀井さんはコンサートで聴衆に自分の音楽をどう聴いてほしいと考えているのでしょう?
「技巧面の魅力が際立つ作品は、見るだけでも楽しんでいただけるでしょう。旋律の美しい作品であれば、オーチャードホールのように音の響きの良い会場だと音色の美しさをより楽しめると思います。また、作品の背景に思いを馳せればより楽しめるし、そういう背景を知らなくても曲の世界とリンクすることで自分の中にある感情を呼び起こされることでしょう。このように音楽の楽しみ方はいろいろありますが、音楽そのものの美しさ・精神力・エネルギーに惹きつけられてその世界に入り込み、気がつけばあっという間に演奏が終わっていた、といった体験をしてほしいというのが僕の気持ちです」
年間3つの国際コンクールに挑戦していた昨年とは違った1年を送っている亀井さんですが、演奏にかける気持ちは「根本的には変わらない」とのこと。
「コンサートはお客さんに楽しんでいただくものであり、そのためには演奏する自分も楽しまなければいけないという気持ちが根底にあります。一方コンクールにおいて、審査員の解釈と一致するための演奏を狙ってしまうと、自分が心から納得して演奏に入り込むことが難しくなり、結局は“作られた演奏”になり評価されません。どれだけ審査員が思い描いていたものと違っても、しっかりした自分の芯を持たせた演奏を提示すれば、審査員に説得力を持って届けられると思います」
ソロよりもコンチェルトの方が
“ゾーン状態”に入りやすい
コンクールでもコンサートでも、自分が楽しみ納得できる演奏によって聴く人を引き込もうと心がけているとのことですが、亀井さんにとって“いい演奏”“納得できる演奏”とは、どんなものなのでしょう?
「演奏のミスやタッチなど気になることを練習ですべてコントロールできるようになった上で、本番で自分自身が音楽の中に入り込んでいくと、心の底から演奏を楽しむことができます。そしてコンチェルトだと、オーケストラとの掛け合いによってそのボルテージがますます上がっていきます。そうやって数十分間を駆け抜けるように演奏していくうちに、会場全体を巻き込んで熱量が爆発する。そうした瞬間に、演奏家として舞台に立つ幸せを実感します」
この言葉が示すように、亀井さんはソロよりもコンチェルトの方が、演奏で“爆発的な楽しさ”を得られて好きなのだとか。「本番の演奏では、自分がピアノから出した音がホールに響き、その音色の美しさに心を揺り動かされて次のフレーズに反映されるというゾーン状態に入っていきます。様々な楽器が加わるコンチェルトだと、そうしたゾーンに入る材料が増えるんです。いろんな音色が自分の理想の音楽とリンクして演奏に反映され、それがオーケストラにも伝わるというループが生まれ、ソロとは違った興奮状態に入りやすくなります」
そんなコンチェルトの中でも特に好きな曲として亀井さんが挙げてくれたのは、日本音楽コンクール、ピティナ・ピアノコンペティション、そしてロン=ティボー国際音楽コンクールの本選でも演奏したサン=サーンス作曲「ピアノ協奏曲第5番」。必ずしも知名度の高い曲ではありませんが、「耳に心地いい場面から始まり、エジプト風のエッセンスや疾走感など様々な要素に満ちていて、約30分間の曲の間に一瞬も飽きることがありません。オーケストラと一緒に演奏していると、どんどんエネルギーが湧いて曲の中を駆け抜けていくような感覚を味わうことができ、本当に楽しいんです。クラシック全体の作品の中でも最も好きな曲かもしれません」とその魅力を熱弁。ちなみに、作曲家の中で好きなのはラフマニノフで、その理由について「メロディの美しさと楽譜の緻密な構成が両立されていて、そのバランスが頂点を極めていると思います」と教えてくれました。
ショパンの音楽と向き合って
“超絶技巧のその先”を目指す
超絶技巧の使い手として定評がある亀井さんは、これまでその持ち味を発揮できる作品を何度も演奏してきましたが、今後の目標として“超絶技巧のその先”を見すえています。「ピアニストとしてより成熟していくために、ショパンのように音数に頼らず一音一音に魂を込めながら音をつなげていく、繊細な演奏も習得していきたいと思っています。そうやって表現力を豊かにしていければ、超絶技巧的な作品においてもより深みのある演奏が可能になるはずです」とさらなる進化を目指しているのです。
2023年10月29日にオーチャードホールで開催するリサイタル『Piano's Monologue』は、こうした目標とまさに合致するオール・ショパン・プログラム。3年連続のシリーズ企画で、1回目となる今回はソロ曲で構成。当時ショパンが使用していたものと同じ種類を含む、合計3台のピアノで演奏するという意欲的な内容となっています。「当時と同じ種類のピアノで弾くことで、ショパンの頭の中に鳴り響いていた音楽を楽譜から再現できる貴重な機会です。ショパンの民族的な部分がよく分かるマズルカやワルツのような小品を通じて、3台のピアノごとに異なる音色の良さを引き出していき、お客さんにも一緒に楽しんでほしいと思います」
2023年春に大学を卒業し、秋にはヨーロッパへ留学して音楽を勉強する予定。「当時の作曲家たちが生活していた文化や環境に身を置くことで、より自然なピアノの歌い方ができるようになりたい」とさらなる成長を目指す亀井さん。これからますます国際的な活躍が期待できそうです!
文:上村真徹
写真:上野隆文
前編では恩師への思いなどを伺っています。まだお読みになられていない方はお読みください。
〈プロフィール〉
2001年生まれ。4歳からピアノを始め、愛知県立明和高校で2年生を終えた時点で桐朋学園大学音楽学部に進学。2019年に日本音楽コンクールピアノ部門第1位とピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリに輝き、2022年11月にはロン=ティボー国際音楽コンクールで第1位と併せて「聴衆賞」「評論家賞」の特別賞を受賞。2022年12月にはサントリーホールでのリサイタルデビューを果たし、1stフルアルバム「VIRTUOZO」もリリース。2023年5月から自身初となるソロツアーを全国12公演で開催、約17,000人を動員し好評を博した。
〈公演情報〉
Piano’s Monologue 亀井聖矢
~オール・ショパン・プログラム~
会場:Bunkamuraオーチャードホール
第1回 ピアノ・リサイタル 2023/10/29(日)15:00開演
第2回 室内楽 2025/1/12(日)15:00開演
第3回 協奏曲 2025/7/13(日)15:00開演
「Bunka Baton」では、“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語っていただきます。ぜひご覧ください。