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特別ワークショップレポート第八弾  大根仁先生

 2024年12月8日の「コクーンアクターズスタジオ(CAS)」特別ワークショップの講師は、Netflixドラマ『地面師たち』で2024年の話題を独占した映像ディレクター/演出家の大根仁さん。松尾スズキさんとは、20年以上前から、ある時は演出家同士として、ある時はプロデューサーとディレクターとして、またある時は俳優と監督として、共に仕事をしてきた関係です。
 「映像の仕事はさんざんやってきて、舞台も多くはないけど何本かやった僕ができることは、映像の芝居と舞台の芝居の違いだと思います」。
 というわけで、『地面師たち』の交渉シーンを、舞台化するならどう作っていくか、というトライアルが、今回のワークショップのテーマです。

 25人ぐらいの若者の劇団から、『地面師たち』を舞台化してくれませんか、というオファーが来て、僕が引き受けるという設定です──と、まず説明する大根さん。
 受講生たちを6人ずつの4チームに分けて役を振り、『地面師たち』の交渉シーンを演じてもらう。基本的にみんな、前もってセリフは入っている状態。
 ただし、4チームとも同じ設定だと変化が出ないので、劇場の大きさによって演出を替えてみる、という試みを行うことを、大根さんは皆に伝えました。

 Aチームがスタート。劇場の設定は、下北沢駅前劇場。映像の最初のナレーション部分を、主人公の拓海が客席に向かって語る、という形に変えて始まります。
 拓海役の受講生がそのセリフを言い終わったところで、大根さん、ストップをかける。「その時、後ろのみなさんは、もう芝居をしている演出を、僕なら付けます」。

 次は、芝居に入って後藤役と拓海役がセリフを言ったところで、またストップ。「地面師詐欺において、それぞれの役割がある。後藤は恫喝して、拓海はやわらかく安心させる。後藤はもっと強めに言いましょう」。
 そしてご存知、後藤の「もうええでしょう!」の一回目が出たところで、三度目のストップ。「せっかくの『もうええでしょう!』なんで、もっと強めに言いましょう」。ギャラリーの間に笑いが広がる。
 というように、細かい修正をはさみながら、最後まで演じ終わったところで、大根さんが大きな修正ポイントを発表。「拓海と後藤のキャラの違いが、もっとあるべき。後藤は瀧さんに寄せる必要はないけど、机を叩くとか、立ち上がるとかの工夫が必要。不動産屋側は、相手の話や言動に対して、もっとリアクションをするべき」という調整が入りました。

 次のBチームの劇場設定は、ザ・スズナリ。「スズナリは駅前より少し大きいので、リアリティの世界ではありえないけど、舞台を大きく使うために、机をハの字型にしてみましょうか」。
 後藤役の最初の芝居を見た大根さん、「このチームの後藤は、セリフの中の句読点なしで一気に言い切る、というふうにしましょう」と、演出を入れる。
 その後も演出を入れながら、ある程度芝居が進んだところで、大根さん、「スズナリということで、みんな自然に動きがついてきて、いいですね。もうちょっと大きくつけてみましょう」。
 それから「司法書士、もっと、丁寧に言いながらも威圧的な感じで。それだと後藤も怒りやすいから。芝居って、自分のためにやるんじゃなくて、相手が芝居しやすいようにする、相手の芝居を引き出すのが大事」という指導も。
 「社長役、なんでいま後ろに下がったかな? いや、ダメ出しじゃなくて、理由が知りたい。あ、お客さんから見て、前の人と立ち位置がかぶっちゃったから? そうか、だったら前に出る方がいいかも」
 「後藤に詰められて司法書士が立ち上がるとこ、ちょっと早い。あとで自主練しておいてください」
 「後藤が怒鳴る時の位置、もっと相手に近い方がいい。その前に、『俺、なんでここにいるんだろう?』っていう時間があったでしょ? その違和感は、お客さんも感じ取るから」
 などなど、舞台での演出の場合だったらこうやって付ける、ということがよくわかる大根さんの言葉に、演じている受講生たちも、見ている受講生たちも、30人ほどのギャラリーも、真剣に聴き入る。
 このBチームの演出を終えたところで大根さん、「やってみると意外とおもしろいね。本気になってきちゃった」。

 次はCチーム、劇場は本多劇場。机のハの字の角度を、さらに広くします。大根さん、「こうなると、まったく違う芝居が必要になってきますね。これはこれでおもしろそう」。で、「本多クラスなので、なりすまし役の島崎、もっと芝居を大きくしてみましょうか」。
 という指導のもとスタートしたが、「島崎、いきなり動きすぎ」「後藤、早い。もうちょっと島崎の芝居を見せてからセリフを」「まだ早い。自分の芝居のことしか考えてないね」「今の後藤の『心配になってしまいましたね』は、司法書士にプレッシャーを与えるためのものだから。自分のセリフは次の人のために。今の言い方だと、誰に言っているのかわからない」。
 と、細かく演出が入っていった末に、「このチーム、自分のセリフと芝居が優先になってる。そのセリフの間に、それぞれが何をしているかが大事」という厳しめのダメ出しが。
 そして後半の、島崎がおしっこを漏らしたように見せるために、拓海がペットボトルのお茶を彼の股間にかけ、島崎が「ああああ」と言って立ち上がるシーンで、大根さん、ストップをかける。
 「ここはもう大嘘で、舞台の前に出るようにしましょう。思い切ってお客さんに向かってセリフを言ってみよう」
 「これぐらいの大きな舞台になると、リアリティの先に行って嘘をついちゃっていい、それが通用するのが演劇のマジック。映像ではできないやつです」と、大根さん。なるほどー。

 そしてチームD。大根さん、「ここまでやってみてわかった、この芝居は本多劇場以上は無理。だからもっと小さくしてみよう。下北沢OFF・ OFFシアターとかの、50人くらいの小屋にします」。
 と、テーブルの数を半分にして、会議資料を映す画面も撤去。最初の拓海のナレーションも、自席に座ったまま行うことに。
 このグループは、後藤が司法書士に「あんた登録年次いつなん?」と威圧的に問うシーンで手こずって、何度もやり直しが行われました。
 逆に、島崎が入れたアドリブは、大根さん、「そうそう」と称賛。「今みたいに、言われたことを一回では飲み込めなくて、『えっ、えっ』となったほうがいいですね」。
 さらに大根さん、ここで演出をプラス。「このサイズの小屋だと、笑いが欲しくなる。島崎、生年月日を訊かれてるのに住所を言っちゃう、というのを足しましょう」。さらに、おしっこを漏らすシーンでは、「このグループは、セリフで言っちゃってもいいかもしれないですね。『おしっこ、おしっこ』って」。劇場が変わると演出も変わる、その場合どのように変えるべきかが、よくわかる時間でした。

 というふうに演出を受けて、自主練してから、それぞれのチームがそのシーンを披露。「本番どおり、止めずにいきます」と大根さん。

 Aチームの芝居が終わって、「良かったと思います。『ここはこうした方がいいよ』は、全部クリアできてたし、セリフも間違いなかった。このぐらいの稽古でここまでできたのは、及第点だと思う」と評価する大根さん。
 Bチームは「とても良かったですね。このシーンにおける緊張感が、最後まで続いた。ドラマのコピペじゃない、このチームならではのものになっていた」。
 Cチームは「すばらしかったと思います。細かいミスはあったけど、全体にすごくよかった。舞台になるとこうなるんだな、と」という高い評価。
 いちばん狭い芝居だったDチームも、「よくぞこの短時間で仕上げましたね。小劇場っぽく仕上げたので、ちょっとイラッとする瞬間もあったんですが、そこもうまく対応できてたし」と高評価でした。

 最後に総評。「やる前は、非常に荷が重いなと思ったけど、やり始めたらとてもおもしろくて。映像のディレクターの中では、自分は芝居をつける時間が長い、さらに何度も撮る、それはつまり芝居が好きなんだなということを、改めて自覚しました」。
 受講生たちやギャラリーからの質問に応える質疑応答タイムが設けられてから、ワークショップは終了。
 以下は、ワークショップを終えた大根さんにうかがった所感です。

──しかし、よく引き受けましたね。

大根 普段、若い役者のワークショップとか講義的なものは、全部断ってるんです。恥ずかしいし、特に教えることはないので。でも、松尾さんに言われたら断れないじゃないですか?
で、幸いにも今年、『地面師たち』というヒット作が出たので、これを使わない手はないなと。もしもこれを舞台化したら……若い、身の程知らずの劇団から、演出のオファーが来たらどうなるか、みたいなことを妄想して、それはおもしろいかもしれないな、と。
受講生全員の数、24人が出ていたシーンはないので、わかりやすい交渉シーンにしぼって、6人ずつに分けて……でも、小屋のサイズを変えてやってみる、っていうのは、さっき現場で思いつきました。
ただ、あのシーンでは、サイズは本多劇場が限界なんだな、というのは、やってみてわかりましたね。Dチームで「さあ、いよいよシアターコクーンです」ってやろうと思ったんだけど、「これ以上大きくならねえな」と。「じゃあいちばん狭いところで」というふうに変えました。

──このままでは演劇が衰退する、後続の演劇人を育てなきゃいけないと思った、というのが、このCASを含めた松尾さんの最近の仕事の軸のひとつになっていますよね。大根さんは?

大根 ないですよ(笑)。ただまあ、映像のスタッフとかに関しては、やっていると思いますよ、見えないところで。ただ、役者を育てるというのは、ちょっとおこがましいというか。松尾さんは劇団の主宰を長年やっている方だから、やっぱり人を育成するっていうことに意識が……そもそもは、そういう人ではないと僕は思ってますけど、それでも、立場が人を作るというか。松尾さんはマジで今、危機感を持っているんだと思いますね。

──そこで今日のこの経験で、「あ、これは意義があることかも」と思って、今後も──。

大根 僕が? やんないやんない!(笑)。

──とは言え、楽しくはあったでしょ。

大根 まあそうですね。最後の挨拶でも言ったけど、自分は芝居をつけることが好きなんだなあ、と。どんどん良くなっていく過程を見るのが好きなんだなと、改めて思いましたね。もうちょいやってもいいな、と思ったかな。1チーム1時間ぐらいは、平気でできたと思うので。

──またオファーがあったらやります?

大根 松尾さんに言われたらやりますよ。松尾さんじゃなかったら、やらないです!(笑)。

文:兵庫慎司

次回のCAS通信もお楽しみに!

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