見出し画像

【1999年のBunkamura①】「STUDIO コクーン・プロジェクト」や「クレーメル ふたつの顔」など10周年を飾る特別企画が次々と実現

「Bunkamura History」では、1989年にBunkamuraが誕生してから現在までの歴史を通じて、Bunkamuraが文化芸術の発展にどんな役割を果たしたか、また様々な公演によってどのような文化を発信したのか振り返ります。今回は、開館10周年を迎えてさまざまな大型企画が行われた1999年を前後編に分け、上半期に各施設で行った公演や展覧会を前編として紹介します。


■●オーチャードホールプロデューサーに黒田恭一、シアターコクーン芸術監督に蜷川幸雄がそれぞれ就任

1999年に開業10周年を迎えたBunkamuraでは、来たる21世紀に向けて新たな舵を切るべく、オーチャードホールのプロデューサーとシアターコクーンの芸術監督を新たに交代。オーチャードホールは指揮者ジェラード・シュワルツに代わって音楽評論家の第一人者・黒田恭一。そして1996年に串田和美が任期を満了して以来空位だったシアターコクーンの芸術監督には、世界的演出家の蜷川幸雄がそれぞれ就任しました。文化・芸術の各界の第一線で活躍するスペシャリストを迎え入れ、Bunkamuraが開館以来大切にしてきた「見る側」「使う側」に立ったソフト優先の考えをさらに推し進めていったのです。

オーチャードホールの新プロデューサーに就任した黒田恭一は、さまざまなジャンルの音楽を網羅した真夏のコンサートイベント「Somethin' Cool 1999」をプロデュースシリーズ第1作として展開。他にも、若い才能を発掘する「オペラティック・バトル」を開催するなど、意欲的な試みを次々と実現しました。一方、シアターコクーンの芸術監督に就任した蜷川幸雄も、コクーン稽古場を劇場空間として使用する「STUDIO コクーン・プロジェクト」を始動するなど、初年度から意欲的な活動を進めていきました。

■オーチャードホール:エクサンプロヴァンス国際音楽祭が来日!初来日のダニエル・ハーディング指揮でオペラ『ドン・ジョヴァンニ』を上演

南フランスを代表するリゾート地で毎年夏に開催され、バロック音楽とモーツァルトのオペラ作品の優れた上演によって高い評価を得ているエクサンプロヴァンス国際音楽祭。1990年代にはヨーロッパ音楽アカデミーという教育機関を創設し、35歳未満の若い音楽家たちの育成に取り組みました。その成果を披露するためのオペラ『ドン・ジョヴァンニ』がヨーロッパ各地で上演され、1999年1月にオーチャードホールでも公演が実現しました。
本公演は、当時アカデミーの中心を担っていたクラウディオ・アバドと、教え子である若手ダニエル・ハーディングが指揮を分け合い、オーチャードホール公演ではハーディングが指揮を担当。当時のハーディングは弱冠23歳で日本ではまだ無名の存在でしたが、サイモン・ラトルに見出された俊英はその才能をいかんなく発揮。若手歌手中心のキャスティングと、舞台のセットを最小限までシンプル化した巨匠ピーター・ブルックの斬新な演出と相まって、これまでにない新鮮なモーツァルトを魅せました。


エクサンプロヴァンス国際音楽祭のフェスティバル公演として披露されたオペラ『ドン・ジョヴァンニ』。今や世界的指揮者として名高いダニエル・ハーディングの初来日公演でもあり、当時23歳のハーディングはキレの良い指揮で新鮮なステージを披露しました。また本公演は、名匠ピーター・ブルックが約40年ぶりに本格的なオペラの演出を務めたことでも話題を集めました。

●シアターコクーン:「STUDIO コクーン・プロジェクト」がスタート!第1作『かもめ』を上演

1999年にシアターコクーンの芸術監督に就任した蜷川幸雄は、これまでの劇場の方向性を保ちながら新しい演劇を生み出していく劇場であり続けるために、新たな構想として「STUDIO コクーン・プロジェクト」を発表しました。これは、「シアターコクーンが演劇の様々な可能性に加担する、冒険する劇場だとしたら、もっともっと小さくて、狙撃兵のような機動性と知恵と体力を必要とする、言ってみればゲリラのような(ちょっと言い方が旧いか)あのマイクロチップのような小さな小さな劇場があったらいいなと思ってSTUDIOコクーンを始めることにしました」と蜷川が語るように、Bunkamuraから徒歩10分の場所にあるシアターコクーン稽古場に160席前後の客席を設け、公演可能な小空間を実現するという小劇場プロジェクトです。
1999年3月にはプロジェクト第1作として、蜷川自らの演出でチェーホフの『かもめ』を上演。チェーホフが探究した繊細な心理描写を、観客と演者の間に緊密な一体感が生まれる小空間で表現しました。この試みは大きな反響を集め、翌年は串田和美演出で緒形拳との二人芝居『ゴドーを待ちながら』を上演。その後もSTUDIO コクーン・プロジェクトは2003年まで継続しました(2006・2007年にも開催)。

STUDIOコクーン・プロジェクト「かもめ」と「ゴドーを待ちながら」の記者発表
左から)蜷川幸雄、高橋洋、筒井康隆、原田美枝子、緒形拳、串田和美
シアターコクーンを「21世紀の元気な劇場」にすることを目指して芸術監督に就任した蜷川幸雄は、劇場の方向性を保ちながら常に新しい演劇を生み出していくために「STUDIO コクーン・プロジェクト」を開始。渋谷駅から徒歩5分という好立地にあり、シアターコクーンの舞台のスペースをほぼ実寸大で再現できる稽古場を公演可能な空間へと変化させ、新たな出会いと創造の場として活用しました。
「STUDIO コクーン・プロジェクト」の記念すべき第1作は、蜷川幸雄が芸術監督就任後初めて担当した『かもめ』。原田美枝子ら実力派のほか、当時断筆宣言で話題となった作家の筒井康隆を迎えるなど、蜷川演出ならではの豪華な出演者と大胆なキャスティングが実現。小さなスペースならではの濃密な空間で、俳優たちのエネルギーや繊細な演技を体感できる公演となりました。
STUDIO コクーンでの蜷川版『かもめ』公演後、同年10月には岩松了翻訳・演出版『かもめ』をシアターコクーンで上演。「チェーホフ作品の喜劇性を観客に伝えたい」という岩松の思いを、大女優アルカージナ役に樋口可南子、彼女の息子で劇作家志望の青年トレープレフ役に岡本健一、さらに彼女の愛人の流行作家トリゴーリン役に串田和美という魅力的なキャストが体現しました。

■●ピアソラに魅せられた唯一無二のヴァイオリニストを招いた企画「クレーメル ふたつの顔」がオーチャードホールとシアターコクーンで開催

一度聴いたら忘れられないほど心に迫る、アルゼンチンの作曲家ピアソラのタンゴ。1990年代には多くの演奏家たちが様々なアプローチで作品を演奏し、空前のピアソラ・ブームが巻き起こりました。そのブームの火付け役の一人であり、独創性に富んだ演奏解釈と技巧で現代の音楽界を果敢に開拓し続けた“唯一無二のヴァイオリニスト”ギドン・クレーメルをBunkamuraに招き、ピアソラの音楽を基軸にした特別企画「クレーメル ふたつの顔」が1999年2月に実現しました。
この企画は、オーチャードホールとシアターコクーンというそれぞれ性格の異なるホールを縦横無尽に駆使して新しい音楽のあり方を模索するという、複合文化施設Bunkamuraならではの意欲的な試み。オーチャードホールではピアソラの代表曲『ブエノスアイレスの四季』と、彼が作曲の着想を得たヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲集『四季』を、クレーメル率いる室内オーケストラ「クレメラータ・バルティカ」が演奏。時代も国も異なる2人の天才作曲家が紡ぎ出した音色を、季節ごとのコントラストを鮮やかに際立たせる演奏で情熱的かつ美しく響かせました。
一方、劇場空間であるシアターコクーンでは、ピアソラがタンゴの歴史をマリアという一人の女性の人生に置き換えた、タンゴ・オペリータ(小オペラ)の傑作『ブエノスアイレスのマリア』を上演。クレーメルもヴァイオリンパートで演奏に参加し、台本を書いた詩人オラシオ・フェレールによる語りとの絶妙なバランスを披露。本作でタンゴという音楽ジャンルの新しい扉を開いたピアソラの情熱、そしてクレーメルがピアソラへ捧げる愛情が、それぞれ赤い炎として燃え上がるステージとなりました。

オーチャードホールでクラシックコンサート「ピアソラとヴィヴァルディ」、シアターコクーンでオペラ『ブエノスアイレスのマリア』を上演するという、複合文化施設Bunkamuraならではの連動企画が実現。いずれの公演も世界的ヴァイオリニストのクレーメルが中心的な役割を担い、多彩な角度でピアソラの魅力を伝えました。

▼ザ・ミュージアム:印象派の名作を多数展示!入館者数歴代1位を記録した『パリ・オランジュリー美術館展』

ザ・ミュージアムではこれまでに幾度も、海外の著名な美術館の名品展を開催してきました。その中でも特に大きな反響を集めたのが、1998年11月から1999年2月まで開催した『パリ・オランジュリー美術館展』です。
オランジュリー美術館は、モネの連作《睡蓮》をはじめ、印象派からエコール・ド・パリに至るまでの巨匠たちの名作を展示し、印象派を愛する日本人が多く来館することでも知られている“印象派の聖地”。その美術館の改修工事に合わせ、「ジャン・ヴァルテル&ポール・ギョーム コレクション」の中から厳選した、日本初公開作品66点を含む油彩画81点を展示しました。なかでも日本人に人気の高いルノワールとセザンヌの作品がそれぞれ17点と14点という充実の構成。2人の名作がこれほど揃って海外に展覧されるのは最初で最後と言われていました。この華麗なる名作の競演を一目見ようと多くの方々が足を運び、ザ・ミュージアムの入館者数歴代1位を記録しました。


「ジャン・ヴァルテル&ポール・ギョーム コレクション」の中でも最良と言われる81点もの作品が、パリ・オランジュリー美術館の改修工事期間中に来日。その中でも充実していたのがセザンヌとルノワールの作品で、セザンヌの《りんごとビスケット》など日本初公開作も数多く展示しました。同美術館の名作がこれほど大量に日本へやって来るのは前代未聞のことであったため、印象派の愛好家のみならず幅広い人々の関心を集め、ザ・ミュージアムの入館者数歴代1位を記録したのです。

◆ル・シネマ:タンゴブームの真打ち!カルロス・サウラ監督作品『タンゴ』上映

1990年代、ピアソラの再評価をきっかけに世界的なタンゴブームが巻き起こり、タンゴの舞台公演やCDが立て続けに発表されました。そして1998年、その真打ちとしてスペインの巨匠カルロス・サウラ監督が映画『タンゴ』を製作。カンヌ国際映画祭で上映されるや「サウラ監督の『カルメン』を超える最高傑作!」と絶賛され、翌年の1999年5月からル・シネマで上映しました。
本作は、タンゴに魅せられた映画監督と若く美しいダンサーが紡ぐ恋を、官能的なタンゴの調べに乗せて描いたドラマ。主人公の監督がタンゴ映画を製作するという設定で、その舞台裏を描きつつ登場人物の心象風景としてもダンスを描き出しています。アルゼンチン・バレエ界の精鋭フリオ・ボッカをはじめとする一流ダンサーたちが見せる鮮やかなステップを、『ラストエンペラー』などでアカデミー賞撮影賞に輝いた名カメラマンのヴィットリオ・ストラーロが余すところなく写し撮り、華麗で激しいタンゴを芸術の域へと昇華。スクリーン越しでも伝わる臨場感と相まって、観る者を釘付けにしました。

ピアソラの魅力を伝える企画「クレーメル ふたつの顔」に続き、タンゴ発祥の地アルゼンチンを舞台にした映画『タンゴ』をル・シネマで上映。劇中ではピアソラの「カランブレ」やフィリベルトの「バンドネオンの嘆き」などタンゴの名曲を多数使い、フリオ・ボッカやファン・カルロス・コペスら一流ダンサーの華麗で激しい舞とともに観客を魅了しました。

* * *

マガジン「Bunkamura History」では、これまでの記事をまとめてお読みいただけます。ぜひフォローしてください。


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!