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【2000年のBunkamura】松尾スズキがシアターコクーンで初演出!世界の名門バレエ団が12年ぶりに待望の来日

「Bunkamura History」では、1989年にBunkamuraが誕生してから現在までの歴史を通じて、Bunkamuraが文化芸術の発展にどんな役割を果たしたか、また様々な公演によってどのような文化を発信したのか振り返ります。第14回では2000年に各施設で行った公演や展覧会を紹介します。


■オーチャードホール:12年ぶりに待望の再来日!『ニューヨーク・シティ・バレエ 2000年日本公演』を開催

20世紀最高の振付家ジョージ・バランシンの抽象バレエの創造の場として世界中の注目を集め続け、音楽的な感性・スタイル・高度なテクニックを兼ね備えた世界トップレベルのダンサーを豊富に擁するニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)。日本では12年ぶりとなる待望の来日公演が、2000年8月にオーチャードホールで実現しました。
本公演は、オール・バランシン・プログラムとミックス・レパートリー・プログラムという、テイストの異なる2プログラムで構成。前者はその名の通り、初期の傑作『セレナーデ』やパリ・オペラ座バレエのために創られた『シンフォニー・イン・C』など、多くの振付家に影響を与えたバランシンの代表作の数々を上演しました。一方後者は、ピーター・マーティンス、ジェローム・ロビンズ、そしてバランシンというNYCBの歴史を形作った振付家3人のレパートリーを上演。その中には、ロビンズの完璧主義ゆえ上演の機会が少ない話題の作品『ウエスト・サイド・ストーリー組曲』も。次にいつ日本で観られるか分からない、NYCBダンサー総出演の大型公演に観客は釘付けとなりました。

NYCB日本公演には、当時プリンシパルに昇進して間もないマリア・コウロスキーをはじめ、すでに日本のバレエファンにはおなじみのウェンディ・ウェーランやダミアン・ウェーツェルら注目のダンサー90数名が大挙来日。素早いステップの連続と切れの良さを求められるバランシン・スタイルを完璧に披露し、観客を魅了しました。さらに本公演には、ニューヨークのジャズミュージシャンや歌手たちも加わり、本場の雰囲気そのままの公演がオーチャードホールのステージで繰り広げられました。

●シアターコクーン①:松尾スズキが書き下ろしミュージカル『キレイー神様と待ち合わせした女ー』でシアターコクーン初演出

1988年に旗揚げした「大人計画」を率い、現代社会とそこに生きる人々の心の闇を、卓越した笑いのセンスと鮮烈な毒で描く鬼才・松尾スズキ。2020年からシアターコクーンの芸術監督に就いている彼は、自ら書き下ろした演出作『キレイー神様と待ち合わせした女ー』で2000年6月に当劇場への初登場を果たしました。
本作は、貧民街に突如現れた記憶喪失の少女ケガレがたくましく成長していく姿を、彼女の呪われた出生の秘密を説き明かしながら描いていく壮大なドラマ。未来と過去が隣り合わせに存在し、錯綜しながら進行していくという初期の「大人計画」の作風に近い作品である一方、「難しくアカデミックにならず、楽しくいろんな読み取り方ができる作品にしたい」という想いから、ミュージカルという初挑戦のスタイルで人間の心の中の宇宙を具現化。幼少期と成年期の“2人のケガレ”に扮する奥菜恵と南果歩の競演も注目を集め、松尾のシアターコクーン初登場作品は熱狂的に迎えられました。

現実の世界のありのままの姿を毒のある笑いとともに描き出してきた松尾スズキが、「従来のミュージカルにないものを作る」と意気込んで完成させた『キレイー神様と待ち合わせした女ー』。無菌培養のような状態で純粋に育ったものの、いきなり外の世界に触れて汚れてしまった女性ケガレが主人公で、分裂した2つの自我が出会うという初期の「大人計画」の作風を彷彿とさせる作品。透明感のある役どころを得意とする奥菜恵と南果歩が、ヒロインの少女時代と成年期を新境地と言うべき熱演で体現しました。

●シアターコクーン②:3部通しで9時間にもわたる蜷川幸雄演出の大作舞台『グリークス 10本のギリシャ劇によるひとつの物語』

2000年9月、シアターコクーン芸術監督の蜷川幸雄が、20世紀における最後にして最大の冒険にチャレンジしました。それは、すべてを上演すると9時間にも及ぶギリシャ劇の超大作『グリークス 10本のギリシャ劇によるひとつの物語』を、1日で一度に披露するというものです。
『グリークス』は、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの演出家ジョン・バートンと翻訳家のケネス・カヴァンダーが、エウリピデス、ホメロス、アイスキュロス、ソフォクレス作のギリシャ劇10本を翻訳・再構成し、3部形式の1つの物語にまとめたもの。別々の芝居が、それぞれ完結しながらお互いに強い関係性と連続性を持ち、17年間の民族と家族と個人の物語として構成されています。
ありとあらゆるドラマのエッセンスが詰まったギリシャ劇の面白さを、かつてギリシャ人たちが体験したように再現できるよう、従来のギリシャ劇にあった重々しさや儀式的な枠を取り払い、現代劇として通用する作品にしたい──。このようにバートンが作品へ込めた思いに共鳴した蜷川は、平幹二朗、田辺誠一、尾上菊之助ら演劇界の第一線で活躍する実力派俳優たちを結集し、客席中央に舞台を設置するなどの試みも交えて冒険的な演劇空間を創造。そして3部通しで9時間(休憩含めて10時間半)の舞台を鑑賞し続けた観客もまた、演者たちと一緒に劇の中を生き、そして一緒に劇を作り上げていくような一体感を体験しました。

「ギリシャ悲劇で語られている物語は、20世紀の今と同じ問題をはらんでいるのではないか」という思いから、蜷川幸雄はギリシャ劇『グリークス』の公演にチャレンジ。10本のギリシャ劇を3部形式の物語として再構成し、すべてを上演すると9時間にも及ぶ超大作で、シアターコクーンでは平日に3日連続で1部ずつ上演したほか、土曜と日曜には3部通しの公演も行いました。

▼ザ・ミュージアム:人類の馬への憧れが伝わる企画展『描かれた馬たち ペガサスからサラブレッドまで』を開催

ザ・ミュージアムでは単独の作家や海外美術館の名品展のほか、ユニークな切り口で名作にスポットライトを当てる企画展も行ってきました。そうしたアプローチの1つとして2000年9月に、人間には真似のできない速さで駆ける夢の動物である“馬”をテーマにした展覧会『描かれた馬たち ペガサスからサラブレッドまで』を開催しました。
本展は、西洋美術に現れた馬に注目しながら、古来からの人間の夢や憧れの行方を探っていこうとするもの。イギリスやフランスから出品した約100点の絵画で構成し、まずは神話や伝説の世界に現れたペガサスなどの想像上の馬、次に馬をこよなく愛したイギリスの貴族たちと馬の関わり、最後に競走馬としての能力を追求されたサラブレッドの究極の機能美をクローズアップ。そのたくましく優雅な容姿に魅入られた画家たちが鮮やかにとらえた馬の絵画に、訪れた人々も虜となっていました。

本展では、神話を題材にした華やかな色彩世界を持ち味としたオディロン・ルドンの《ペガサス、岩上の馬》やジョージ・フレデリック・ワッツの《ガラハド卿》、風景と合わさった馬の描写を得意としたジョージ・スタッブスの《エクリプス》など、ナショナル・ホースレーシング・ミュージアムやルーヴル美術館が所蔵する名画の数々を展示。神話における想像上の馬から近現代のサラブレッドまでを俯瞰することで、古代から人間が抱いてきた馬への憧れの変遷をたどることができる展覧会となりました。

◆ル・シネマ:中国の巨匠チャン・イーモウ監督の“しあわせ三部作”『あの子を探して』を公開

デビュー作『紅いコーリャン』から一貫してカラフルな色彩と独特な情念の世界を描き続け、カンヌ・ベルリン・ヴェネチアの世界三大映画祭を制した中国の巨匠チャン・イーモウ監督。そんな彼がヴェネチア国際映画祭金獅子賞(グランプリ)2度目の受賞という快挙を果たした『あの子を探して』を、ル・シネマでは2000年7月から上映しました。
本作は、お金欲しさに山村の小学校へ代用教員としてやって来た13歳の少女ウェイが、都会に出稼ぎに出て迷子になった教え子を探すうちに人の絆と愛を見つけていく姿を、力強く叙情豊かに描き出した感動作。なんとプロの役者が一人も出演しておらず、主人公ウェイを演じたのは、2000人もの候補者の中から選ばれた河北省の中学校の生徒。村長やニュースキャスターは実際にその職業に勤める人々を起用し、さらにロケ地の地元小学校に通う子どもたちが生徒役として出演。当人たちが役柄そのままを演じ、また監督もカチンコを鳴らさずフィルムを回し続けるなど彼らにカメラを意識させないよう注力することで、プロの技とはまた違う素朴なリアリティと嘘のない本物の感情を引き出し、生の感動へと昇華したのです。

それまで私生活のパートナーでもあったコン・リーと組んで“大人の情念の世界”を撮り続けてきたチャン・イーモウ監督が、新たなテイストに挑んだ『あの子を探して』。出演者にすべて素人を起用することで、古き良き中国の原風景を純朴なタッチで描き出し、普遍的なノスタルジー、ユーモア、そして静かな感動を与えました。

なお本作は、『活きる』(1994)『初恋のきた道』(1999)と合わせて“しあわせ三部作”と呼ばれ、『あの子を探して』が17週間のロングランヒットを記録した後に他2作品もル・シネマで上映しました。

ロングランヒットを記録した『あの子を探して』に続いて“しあわせ三部作”の第3作『初恋のきた道』を2000年12月から上映。貧しい村に赴任した教師に一目惚れした少女の一途な思いを、瑞々しく演じたチャン・ツィイー。彼女はこの出演をきっかけに、世界の注目を集める大スターとして羽ばたきました。
チャン・イーモウ監督の“しあわせ三部作”の中では最初に制作された作品でありながら、日本での公開は最後となった『活きる』(ル・シネマで2002年3月より上映)。『紅いコーリャン』『紅夢』などで印象的だった紅色のイメージが本作にも引き継がれていたり、子どもたちへのまなざしが後の『あの子を探して』にも通じていたりと、監督のキャリア全盛にして集大成とも言える作品です。

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