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【2002年のBunkamura】マシュー・ボーンの新作舞台やエクサンプロヴァンス国際音楽祭のオペラ『フィガロの結婚』など待望の作品が次々と日本上陸

「Bunkamura History」では、1989年にBunkamuraが誕生してから現在までの歴史を通じて、Bunkamuraが文化芸術の発展にどんな役割を果たしたか、また様々な公演によってどのような文化を発信したのか振り返ります。今回は、2002年に各施設で行った公演や展覧会を紹介します。


■オーチャードホール①:マシュー・ボーン率いるAMPが初来日!新作モダンバレエ『ザ・カー・マン』を上演

人気演出・振付家のマシュー・ボーンが中心となって1987年に設立し、男性版『白鳥の湖』で世界的にブレイクしたロンドンのダンスカンパニー「アドベンチャーズ・イン・モーション・ピクチャーズ」(AMP)。セクシーかつスタイリッシュなダンスに定評のあるAMPの待望の初来日公演が、2002年4月にオーチャードホールで実現しました。
上演作品は、2000年にロンドンのウエストエンドでロングランを記録した『ザ・カー・マン』。ビゼーの名曲『カルメン』に触発されて作られたモダンバレエで、タイトルの『THE CAR MAN』も『CARMEN(カルメン)』をもじったもの。1950年代アメリカ田舎町の自動車修理工場を舞台に、バイセクシャルの流れ者を中心に恋・嫉妬・殺人・乱闘を織りなしていくという刺激的な物語を、『カルメン』の音楽に乗せて官能的かつスリリングなダンスと共に展開。踊りだけでなく演技力もビジュアルも兼ね備えたダンサーたちの熱演に、日本の観客たちも虜になりました。

田舎町に流れ着いた“運命の男”をめぐって、工場主のグラマラスな妻や、主人公に誘惑される気の弱い男たちが繰り広げる恋、嫉妬、殺人…。こうしたフィルムノワールのように刺激的な物語を、『カルメン』の音楽に乗せてダンスとして魅せる『THE CAR MAN』。クラシックバレエの基礎をしっかり身に付けたダンサーたちが披露する、官能的かつスリリングなダンスは圧巻でした。

■オーチャードホール②:エクサンプロヴァンス国際音楽祭との共同制作第2弾オペラ『フィガロの結婚』を上演

Bunkamuraでは1989年の『バイロイト音楽祭』海外引っ越し公演を皮切りに、これまで世界の注目オペラの数々を日本に紹介してきました。1999年に上演したエクサンプロヴァンス国際音楽祭のオペラ『ドン・ジョヴァンニ』もその1つです。その好評を受け、2001年の同音楽祭でオープニングを飾ったオペラ『フィガロの結婚』を2002年9月にオーチャードホールで上演しました。
当時“まだ見ぬ大物”として日本来日が望まれていた指揮者マルク・ミンコフスキとイギリス演劇界の重鎮リチャード・エアが組んだ本作は、舞台設定を1930年代に移したシンプルな美術を背景に、登場人物の性格を音楽的に描写することによって音楽と演劇の一体化を実現。さらに、フェスティバルの看板歌手ヴェロニク・ジャンスをはじめ旬の歌い手たちを揃え、のびやかで生き生きとした歌と演技で見事なアンサンブルを披露。今までの『フィガロの結婚』とはひと味もふた味も違う、シンプルでモダンな新しい『フィガロの結婚』は大きな反響を集めました。

エクサンプロヴァンス国際音楽祭の魅力といえば、優れた指揮者と気鋭の演出家の豪華な組み合わせ。本作も当時パリでブレイク中だったマルク・ミンコフスキとイギリス演劇界の重鎮リチャード・エアという斬新なタッグが実現しました。音楽と演技の一体化を目指した軽やかでモダンな舞台は、ストーリー性に光を当てた繊細な演出と相まって、オペラファンのみならず演劇ファンも必見の公演となりました。

●シアターコクーン:コクーン内に小劇場PUPAが誕生!『ゴドーを待ちながら』を上演

1999年にシアターコクーンの芸術監督に就任した蜷川幸雄が、「これまでの劇場の方向性を保ちながら、新しい演劇を生み出していく劇場であり続ける」ためにスタートしたSTUDIOコクーン・プロジェクト。その第2弾として2000年2月に初演したベケット作『ゴドーを待ちながら』を、地方公演を経て2002年1月にシアターコクーンで再演しました。
2000年2月の初演はBunkamuraから徒歩数分のシアターコクーン稽古場に客席を設けて上演しましたが、今回はシアターコクーンの舞台上に小劇場「PUPA(ピューパ=さなぎ。シアターコクーンの劇場内劇場ということで、「コクーン(繭)」の中で生きる「さなぎ」と名づけられました)」を特設。通常は非常口となっている扉が観客の入場口で、舞台下手袖にあたる場所がロビー。客席は舞台の上で、無人となっている通常の客席から出演者が現れるという不思議な空間の中、緒形拳(出演)と串田和美(演出・美術・出演)の名コンビが濃密な不条理劇を織りなし、刺激に満ちた新しい鑑賞体験を観客に与えました。

地方公演を経て2年ぶりに東京で上演した『ゴドーを待ちながら』。緒形拳と串田和美のコンビは地方公演において刺激的な劇場空間を探索し、北海道の倉庫や老人ホームなどでも公演を行いました。そして迎えた東京公演では、コクーン(繭)の舞台上にピューパ(さなぎ)という名の小劇場を出現させるという、まさに洒落心の極み。さまざまな場所で公演を重ねて成長した『ゴドーを待ちながら』は、初演以上に遊び心のある空間で観客を魅了しました。

▼ザ・ミュージアム:クリムトが起こした前衛芸術運動に迫る『ウィーン分離派 1898-1918 クリムトからシーレまで』を開催

19世紀後半、ヨーロッパの美術界にフランスでは印象派など新たな潮流が生まれる一方、芸術の都ウィーンでは保守的な芸術家団体の影響力が強く、伝統的な様式で神話などの主題を描く作品が評価され続けていました。こうした旧態依然としたアカデミズムに嫌気が差したクリムトら若手芸術家たちが中央から離脱して結成したグループに注目する企画展『ウィーン分離派 1898-1918 クリムトからシーレまで』を、2002年1月からザ・ミュージアムで開催しました。
ウィーン分離派とは、「時代にはその芸術を、芸術にはその自由を」をスローガンに、画家だけでなく工芸家や建築家などさまざまな分野のアーティストが参加し、時代に即した総合芸術の確立を志した前衛的な運動のこと。本展では、1898年の分離派第1回展からクリムトが脱退する1905年までという最も華やかな時期を中心に、ウィーン分離派の野心的な歩みや特徴を全4章構成でクローズアップ。クリムトが分離派の方向性を象徴的に描いた《パラス・アテネ》をはじめとする絵画のほか、工芸、彫刻、ポスターなどのグラフィック作品も含む約180点を展示し、日本で初めてウィーン分離派の全貌を紹介した展覧会として大きな関心を集めました。


本展では、ウィーン分離派の1898年の第1回展から、内部の意見対立を原因とするクリムトの脱会を経て、新たな絵画表現を追求した次世代の画家たちの活動までをクローズアップ。オーストリア国立工芸美術館やウィーン市立歴史博物館など国内外の美術コレクションから約60作家の作品約180点を展示し、多様なジャンルにわたる初期ウィーン分離派の活動を日本で初めて本格的に紹介する興味深い展覧会となりました。

◆ル・シネマ:パリ・オペラ座の人間模様に迫るドキュメンタリー『エトワール』を上映

300年以上の歴史を誇る芸術の殿堂パリ・オペラ座の裏側に初めてムービーカメラが入り、繊細な瑞々しさと躍動感に満ちた映像を通じて、そこに生きるダンサーたちの人間模様をとらえたドキュメンタリー映画『エトワール』。フランスをはじめ各国で大ヒットを記録し、ル・シネマでも3月から上映しました。
本作は実際のステージとその練習風景を巧みに織り交ぜながら、イリ・キリアンの『優しい嘘』、モーリス・ベジャールの『第九交響曲』、ピエール・ダルドの『祈り』、さらに『白鳥の湖』などの名作バレエが創作されていく過程をエキサイティングに記録。そしてパリ・オペラ座といえば、選ばれし者として入団したダンサーたちが、さらに最高位の"エトワール"(星)を目指して、仲間と、そして己と闘う厳しい世界……。そんな中、彼らのそれぞれの"生活"にも着目した本作は、肉体の酷使と衰え、結婚とバレエの両立で生まれるジレンマなどに苦悩する人間味あふれる姿にも迫り、バレエファンのみならず多くの人々の胸を打ちました。

エトワールを23年務めたマニュエル・ルグリをはじめパリ・オペラ座を代表するダンサーたちの豪華出演、さらにバレエの殿堂の"知られざる表情"を捉えたことで大きな注目を集めた『エトワール』。バレエの舞台を、表側と裏側の両面から映し出すことによって、ステージでの美しさからは想像のつかないダンサーたちの葛藤と決断の日々が浮かび上がり、作品の大きな見どころとなりました。

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