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豊かな音色を奏でる気鋭のヴァイオリニスト/東 亮汰さんインタビュー

“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語る「Bunka Baton」。今回は、日本音楽コンクール第1位など数々の受賞歴を持つ東 亮汰さんに、ヴァイオリニストとしての原点や演奏へのこだわり、さらに自身が見据える未来まで広く語っていただきました。


日本音楽コンクールで3年連続予選落ち…その壁を乗り越えたことで今がある

お母様がアマチュアオーケストラに所属するヴァイオリニストで、家ではヴァイオリンの練習音やCD演奏が常に流れているという、クラシック音楽に囲まれた環境で育った東 亮汰さん。物心がついた頃には音楽家になりたいと思ったそうですが、てっきりヴァイオリニストかと思いきや、最初に憧れたのは指揮者でした。

「TVで『N響アワー』をよく見ていたのですが、オーケストラの映像だと指揮者が一番目立ちますよね。それでシンプルに憧れたんだと思います。『指揮者を目指すなら楽器を学ぶ必要がある』と聞き、母から教わりやすいヴァイオリンを習おうと決め、4歳から本格的にレッスンを受けるようになりました」

あくまで指揮者になるためにレッスンを始めた東さんでしたが、いざ習い始めるとヴァイオリンの魅力にとりつかれ、日々練習に明け暮れていきました。

「当時憧れていたのは、マキシム・ヴェンゲーロフさんとジャニーヌ・ヤンセンさん。2人とも音楽的にとても表情が豊かで、体全体で音楽を体現しているような演奏に憧れました。練習では苦しい時もありましたが、家族の前で2人の弾き真似をしたり、ヴァイオリンを弾くこと自体は楽しんでいました」

そうしてヴァイオリンの実力を高めていった東さんですが、高校時代に大きな壁にぶつかります。“若手音楽家の登竜門”として知られる日本音楽コンクールに挑戦したものの、3年連続で本選の手前の第3予選で落選してしまったのです。

「最初の年はものすごい緊張に呑み込まれ、ほとんど呼吸もできないような状態で弾いていました。毎年、第3予選の先に行けないのは絶対に何か理由があると思い、自分自身と向き合いながら課題の克服に努めました。たとえば、合計1時間半くらいのプログラムを2、3ヵ月という短期間で仕上げるにあたって、睡眠時間を削ってガムシャラに頑張るのではなく、本番までの時間を逆算しながら『どのポイントを押さえて練習したらいいか』と考えながら仕上げました。また緊張と向き合う対策として、自分が本番ですることを明確に意識しつつ、呼吸を整えたり余計な力を抜くことができるよう、体育系の先生の専門指導も受けました」

こうした地道な努力を積み重ねることで着々と課題を克服し、4年目の挑戦で見事に第1位を受賞。それは東さんにとって遠回りではなく「この大きな壁を乗り越えたことが、今の自分に大きく影響しているのは間違いありません。自分にとって必要な4年間だったと言えます」と語ってくれました。

指揮者に必要な経験として始めたはずが、ヴァイオリニストの道を志すようになった東さん。楽器としての魅力を尋ねると「弦と弓の摩擦から美しい音色が生まれるのって、不思議でロマンチックですよね」と答えてくれました。

作曲家が思い描いた曲の姿をくみ取り、その魅力を引き出すのが演奏家

東さんが奏でるヴァイオリンの音色は、端正かつ瑞々しい美しさが印象的です。そこには、東さんが普段の演奏に際して心がけていることが大きく影響しています。

「本番に向けてプログラムの練習を重ねるとその曲を何度も聞くことになりますが、曲の中で展開されるストーリーに慣れてしまって『ここはこうだよね』と思って弾いてしまうと、そのストーリーが持つ魅力は十分に伝わりません。本番でその曲に初めて出会ったようなフレッシュさが演奏にないと、曲本来の魅力がお客さまに届かないと思うんです。その曲に出会った新鮮さや『ここでこんなふうになるのか』といった驚きを、自分も感じながら演奏するよう心がけています」

そして東さんの演奏は、さまざまな表情を感じさせる音色もまた魅力的。それは、中学時代に音楽セミナーで受けた教えに基づいたものだそうです。

「それまで『どうやって弾けば面白いか』と自分ありきで考えていましたが、クラシック音楽は自分を表現するためではなく、まずはその曲や作曲家に奉仕する姿勢が大切だと教わり、すごく身に染みました。その上で、楽譜に書かれている音楽をしっかり感じ取ることができれば、フォルテなども記号としてではなく自然な音として表現できるようになる。つまり、作曲家が思い描いた曲の姿を楽譜の奥からくみ取った上で、その魅力を引き出すために手を加える。こうした順序立ては今でも自分の演奏の芯になっています」

TVアニメ『青のオーケストラ』の演奏収録で“俳優”にもチャレンジ!?

東さんは室内楽からコンチェルトのソリスト、コンサートマスターとしてのオーケストラ客演、さらに“一人ひとりがソリスト”と称される精鋭演奏家が揃うジャパン・ナショナル・オーケストラ(JNO)まで、多岐に渡って活躍しています。その中で常に一貫しているのは「すべて根底には室内楽(アンサンブル)がある」という考えです。

「協奏曲が“協力の協”という字を書くように、一見ソリストが大胆に引っ張っているように見えるコンチェルトでも、その裏ではオーケストラとのアンサンブルが重要となります。たとえば、楽譜全体を見渡すと自分のパートと絡みの深いパートがあり、その絡みを意識して演奏すると一人ひとりにしっかり伝わるんです。そうやってオーケストラ全体を巻き込むような演奏がソリストとしての理想ですね」

幅広い活動を展開している東さんは、2023年にはTVアニメ『青のオーケストラ』で主人公・青野一が弾くヴァイオリンの演奏収録にもチャレンジ。その現場は、普段の演奏活動にはない体験の連続だったそうです。

「普段と大きく異なるのは、僕自身ではなく青野一の演奏をするということ。僕とは別の人生を送っていると出てくる音も異なると思うので、原作を読んで自分の経験に重ねながら“音の役作り”を行いました。青野君は演奏のブランクがある天才少年でオーケストラの経験がないという特殊な設定で、そうしたバランスの表現が難しかったですね。また、彼の成長を音でも伝えないといけないのですが、収録がストーリーの順番通りではないので、自分の中で演奏の組み立てが大変でした」

なんだか演奏家というよりまるで俳優ですが、実際に俳優のように“演技”を求められたことも。「僕が実際に演奏する姿を複数台のカメラで撮影し、それらの映像を元にアニメの演奏シーンが作画されていたのですが、青野君がうまく演奏できなくて弾くのを止めたり椅子にもたれかかるシーンでは『こう動いてください』と演技指導を受けました。なかなかない機会で面白かったですね」と貴重な体験を楽しそうに振り返ってくれました。

JNOでの活動について話題が及ぶと、「JNOには普段それぞれ活躍の場を持ち、バックボーンも異なる素晴らしいメンバーが揃っています。そうした人たちが公演で一堂に介すると毎回新しいものが生まれる、特別なオーケストラですね」と若き精鋭集団の無限の可能性に目を輝かせていました。

ショパン唯一のピアノ三重奏曲で“ヴァイオリン好き”を増やしたい

2025年1月12日開催の『Piano's Monologue 亀井聖矢 ~オール・ショパン・プログラム <第2回>室内楽』への出演が決まっている東さん。桐朋学園大学の同窓生でもある亀井さんとの共演について尋ねると「亀井君とは日本音楽コンクールで出会い、同世代で最も影響を受けている演奏家の一人です。彼のピアノはいろんな表情を見せてくれ、しなやかでありながら大胆。共演するたびに多くのものを受け取っています。しかも今回はオーチャードホールという大きな会場で室内楽を演奏するという贅沢な機会で、僕にとって間違いなくかけがえのない時間になると思います」と答えてくれました。

今回東さんが演奏するのは、作った楽曲のほとんどがピアノ・ソロであるショパンが唯一残したピアノ三重奏曲。東さんは今回の演奏に、ある特別な思いを描いています。

「この曲はヴァイオリンの音域がヴィオラでも弾けるくらい低くて、ほかのピアノ三重奏曲とは異なる面を持っています。普段のヴァイオリンとはちょっと違った一面や、この曲ならではのピアノ・トリオの関係性を見ていただけるのではないでしょうか。また、今回の演奏会に来られる方はピアノが好きな方が多いと思うので、演奏を聴いて『ピアノだけの方がいいな』と言われないよう(笑)、ヴァイオリンが参加する意味合いやヴァイオリン自体の魅力を感じていただきたいですね」

今後の目標についても「オーケストラのコンサートマスターを軸に幅広く演奏活動を行いつつ、レコーディングや後進の指導を通じて何か1つでも足跡を残せたらいいなと思っています。幼い頃に憧れた指揮者にもいつかチャレンジできるよう、その下地を固めていきたいですね」と夢が尽きない東さん。そうした将来への眼差しは、自分だけでなくクラシック音楽業界全体にも向けられています。

「日本におけるクラシック音楽のファン層を広げることは、常に意識しなければならないと危機感を抱いています。どういう形で実現できるか分かりませんが、日本のクラシック産業の発展につながるような活動ができたらいいなと思います」

クラシック音楽の未来まで視野に入れている東さんが、どんな活動で未来を切り開いていくか、期待が膨らみます!

文:上村真徹

〈プロフィール〉

第88回日本音楽コンクール第1位をはじめ受賞多数。
ソリストとしてNHK交響楽団、東京交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、神奈川フィルハーモニー管弦楽団、群馬交響楽団、大阪交響楽団などと共演。
反田恭平氏がプロデュースするJapan National Orchestraコアメンバー。
コンサートマスターやアシスタントコンサートマスターとして、東京交響楽団、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、読売日本交響楽団、神奈川フィルハーモニー管弦楽団など、国内主要オーケストラへの客演も重ねている。
桐朋学園大学音楽学部を首席で卒業。
インターネットラジオOTTAVAにて『東亮汰 カプリチオーソ・ムジカ』のプレゼンターを務める他、テレビ朝日『題名のない音楽会』、NHK Eテレ『クラシックTV』 をはじめメディア出演も多数。
NHK Eテレのアニメ『青のオーケストラ』では、主人公の演奏を担当し大好評を博す。
メジャーデビューアルバム『Piacere~ヴァイオリン小品集』をリリースし、第16回CDショップ大賞2024クラシック賞を受賞。ユニバーサル ミュージックと専属契約を結んでいる。
使用楽器は、株式会社文京楽器を通じて匿名のオーナーより貸与されている1831年製 G.F. Pressenda。

X @HigashiRyota_Vl
Instagram @eastviolin

〈公演情報〉
Piano's Monologue 亀井聖矢 ~オール・ショパン・プログラム~
第2回 室内楽

2025/1/12(日)
Bunkamuraオーチャードホール

「Bunka Baton」では、“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語っていただきます。ぜひご覧ください。