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Bunkamuraザ・ミュージアムのスタッフに訊いた「写真展を楽しむためのポイント」

1839年に銀板写真の撮影技術が発明されてから約2世紀。デジタルカメラの普及や携帯電話への高画質カメラ搭載によって、誰もが気軽に写真を撮影できるようになりました。そんな中、気鋭の写真家たちによる注目の写真展が、近年次々と開催されています。今や最も身近な表現メディアである写真を“アート”として鑑賞するにあたって、どんなポイントに注目すればよいのでしょう? 今回は、2023年7月8日から8月23日までヒカリエホールで同時開催したBunkamuraザ・ミュージアム主催の写真展『ソール・ライターの原点 ニューヨークの色』『平間至展 写真のうた -PHOTO SONGS-』スタッフへの取材を元に、写真展に込められた思いや写真鑑賞を楽しむポイントを紹介します。


写真展はどうやって作られている?

ザ・ミュージアムでは学芸(展覧会の企画・作品手配・会場設営)・制作(展覧会全体の予算・進行管理、告知媒体の制作やPR展開)・運営(開幕準備や会期中の会場運営)にスタッフが分かれていて、各々の役割を遂行しながら密に連携して進めています。
写真展を作り上げるスタート地点は、展覧会のテーマや構成を決めること。テーマは美術館によって個性が出やすく、ザ・ミュージアムの場合はフランスを筆頭に西洋美術関連や海外アーティストを中心にしながらも、「写真と音楽」をテーマにした『平間至展』のように“カルチャースポット渋谷”という周辺環境を意識することもあります。
展覧会の構成は企画会社や作家と一緒に考えることが多く、セレクトした作品の配置順とそのベースになるストーリー、大きく見せたい作品、おおまかな会場レイアウトなどを考えます。それを受けてスタッフ・会場デザイナー・施工会社を交えた図面会議が開かれ、「見せ方のアイデアをどう実現するか」「どう展示すればお客様にスムーズにご鑑賞いただけるか」などを検討して会場の図面を決めます。この図面を元に会場を設営するのですが、いざ展覧会が始まると人の動きが滞って混雑が生じることも少なくありません。そんな時は、流れがスムーズになるよう入館のタイミングを調整するなど、運営スタッフが現場で動線を整えます。

Bunkamura ザ・ミュージアム「永遠のソール・ライター展」(2020年)より

写真の見せ方はどうやって決めている?

写真展の作品は額装やパネル加工で壁に飾られている形式をよく見かけますが、こうした写真の見せ方やサイズも学芸員が写真家たちと相談しながら決めています。オリジナルプリントであることに価値のある写真(昔の写真家の作品など)は作品保護の観点から額装となり、新たに印刷する写真の場合は大きなサイズで展示できるパネル加工など、作品の特性や会場の条件によって決められていきます。それ以外にも会場の演出を意識した特殊な展示も珍しくなく、『平間至展』では渋谷スクランブル交差点をイメージした会場づくりを意識したり、『ソール・ライターの原点』では10面の大型スクリーンにスライドショーでポジフィルムを投影するなど、ヒカリエホールという広い会場空間を生かした見せ方を行いました。ちなみにソール・ライターは生前200点ほどしかプリントした状態のカラー写真を確認しておらず、カラースライドで壁に投影し鑑賞していたそうで、そうした写真家本人の鑑賞環境を追体験してほしいという思いも込められています。
また、写真に当てられる照明も、作品の印象に大きく影響する要素。『ソール・ライターの原点』では作品保護の観点から70ルクスという暗めの照明となっていますが、そうした制約がない場合は、作品それぞれの見ばえが最も良くなる照明を学芸員が考えています。照明によってテーマ性を表現することもあり、例えば『平間至展』では作品ごとではなく壁面全体に照明を当てることで、渋谷の賑やかな雰囲気をイメージさせています。
なお、全国各地で巡回展を行う場合、それぞれ会場のレイアウトや広さが異なるため、展示方法・配置順・作品サイズなどを変更することもあります。また、各会場の学芸員に「この作品を目立たせたい」「この作品とこの作品は逆の順番がいい」といった思いがある場合は、担当者の裁量で変更しているそうです。つまり、同じ作品でも会場によって見え方や印象が変わるということ! 巡回展をハシゴすると、新たな発見があるかもしれませんね。

何度も打ち合わせを重ねて、最善の展示を決めていきます。

写真はどうやって見ればいい?

冒頭でも触れたように、写真は絵画よりも身近で手軽な表現メディアであるため、アート作品としてどう鑑賞すればよいか戸惑う人もいるかもしれません。そうした方たちにオススメの鑑賞方法として、ザ・ミュージアムのスタッフが教えてくれたのが「写真家のバックグラウンドを知ること」。性格、信念、生きた時代、社会との接し方、被写体へのアプローチスタイルなどを、展覧会の解説パネルを読んで知ることで“写真家のフィルター”が自分にも備わり、作品のストーリーやメッセージが見えやすくなるのです。そうした写真家ごとの作家性や個性は、鑑賞体験を重ねることでつかみやすくなるので、いろんな写真展に足を運ぶことをオススメします。とはいえ、頭を空っぽにして作品と向き合うだけでも新たな発見もあるので、写真家のバックグラウンドを頭に入れることだけが鑑賞スタイルの正解というわけではありません。ぜひ自由に展覧会を楽しんでみてください。
また、展覧会ではスムーズな動線を整える観点から順路が設けられているのが一般的です。順路は展覧会のストーリー展開も加味されているので、基本的には順路通りの鑑賞がオススメですが、作品を見る順番まで強制するものではないので見たい作品から自由に鑑賞して大丈夫。そしてひと通り巡った後、混雑しているためスキップした作品や、もう一度じっくり鑑賞したい作品に戻るとよいでしょう。
最後に鑑賞マナーについても触れましょう。一般的なこととして「作品に触らない」「大きな声で話さない」などが挙げられますが、気をつけたいのが写真撮影可能な展覧会ならではのマナー。スマホのシャッター音は静かな会場に響きやすいので、周りの人にも配慮しながら撮影しましょう。

被写体をありのまま切り取って写真に収められた世界は、その瞬間には(対象によっては現在も)実際に存在したもの。そうしたリアリティに思いを馳せながら、作品の世界について意見を交わしやすいことも写真展の魅力です。絵画よりも身近なアートだからこそ、ぜひ気軽に鑑賞してみてください。

Bunkamura ザ・ミュージアム「永遠のソール・ライター展」(2020年)より

文:上村真徹

〈展覧会情報〉※閉幕しました
ソール・ライターの原点 ニューヨークの色
開催期間:2023/7/8 (土)~8/23 (水) ※休館日なし
会場:ヒカリエホール ホールA(渋谷ヒカリエ9F)

平間至展 写真のうた -PHOTO SONGS-
開催期間:2023/7/8 (土)~8/23 (水) ※休館日なし
会場:ヒカリエホール ホールB(渋谷ヒカリエ9F)

「Bunka Essay」では、文化・芸術についてのちょっとした疑問や気になることを取り上げています。


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