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交響曲以外にも名曲がたくさん!ブラームスの豊かな音楽世界(ブラームスを深く楽しむ②)

2023年10月からスタートした『N響オーチャード定期』新シリーズのテーマは<ブラームス・チクルス>。国内外の巨匠がタクトを振り、ブラームスの全4交響曲や「ハンガリー舞曲」などの名曲を演奏します。「Bunka Essay」ではチクルスをより楽しむことができるよう、作曲家ブラームスの特徴や魅力を全5回に分けて紐解いていきます。第2回は、交響曲以外でも数多くの傑作を残したブラームスの意欲的な作曲活動に迫ります。


ブラームスの魅力は交響曲のみにあらず

ドイツ古典派音楽の伝統を受け継ぎ、約20年間もの苦闘の末に交響曲第1番を完成させて“ベートーヴェンの後継者”と認められたブラームス。彼が生涯に残した4つの交響曲は、いずれも音楽史に残る名曲と言っても過言ではなく、世界各地のオーケストラで主要レパートリーとして演奏されています。
しかし、ブラームスは交響曲だけの作曲家ではありません。18歳で初めてピアノ小品を書いてから約半世紀にわたる作曲活動を通じて、交響曲だけでなく室内楽曲、協奏曲、ピアノ曲、宗教曲、歌曲など幅広いジャンルで名曲を多く残しているのです。そこで今回は、交響曲以外のジャンルにも目を向けて作曲家ブラームスの魅力をさらに掘り下げていきます。

敬愛するベートーヴェンと同じ土俵で伝統的な音楽ジャンルを探究

ロマン派の作曲家たちが交響詩などの自由で新しい表現形式を模索する一方、あくまでブラームスは古典派が残した遺産である伝統的なフォーマットで作曲に取り組みました。交響曲と並ぶコンサートの定番レパートリーである協奏曲では、ピアノ協奏曲全2曲とヴァイオリン協奏曲を残しています。いずれもソリストの演奏は技巧的でありながらそれほど前面に出ることなく、オーケストラと競演する一楽器として調和したハーモニーを繊細に聴かせてくれます。曲のスケールは“大作”という形容がふさわしく、特にピアノ協奏曲は“ピアノ付き交響曲”と呼ばれるほど交響曲的な雰囲気を持っているのが特徴的。ブラームスらしさを濃密に味わえる作品です。
またブラームスは、ベートーヴェンにとってのライフワークだったピアノ・ソナタも合計3曲作っています。若きブラームスがシューマンに才能を認められて世に出たエピソードは有名ですが、20歳でシューマンと初めて出会った時に演奏したのがピアノ・ソナタ第1番でした。3曲とも20歳までに書かれたもので、ベートーヴェンの影響を思わせる力強さを感じさせたかと思えば、青年らしい激情や陰も顔を覗かせるという、瑞々しいロマンティシズムが印象に残ります。

1853年、20歳の青年ブラームスはシューマン夫妻を訪問し、ピアノ・ソナタ第1番を披露。演奏を聴いたシューマンは感嘆し、出版社にブラームスの楽譜を出版するよう強く働きかけました。さらに評論家でもあったシューマンは、「新しい道」と題する評論を書いて彼を称えたのです。もしもシューマンに才能を見出されていなかったら、ブラームスが評価されるのはもっと遅かったかもしれません。

ちなみに、ブラームスの代表的な管弦楽曲で、情熱的なリズムが印象的な「ハンガリー舞曲集」全21曲も元々はピアノ曲。ヴァイオリニストのエドゥアルト・レメーニとの演奏旅行中に聴いたハンガリーの民族音楽(実際はジプシー音楽)からインスピレーションを得て連弾用に作ったものを、後にオーケストラで演奏できるよう編曲したのです。なお、ブラームスが自ら編曲したのは第1・3・10番のみで、他は複数の音楽家によるもの。その中にはあのドヴォルザークも!(第17~21番を担当)

ハンガリーのヴァイオリニスト、エドゥアルト・レメーニ(左)とヨハネス・ブラームス (1852/53年撮影)

十代の頃から親交を結んだブラームスとレメーニ。2人で演奏旅行に出たこともあり、その際にブラームスはレメーニからロマの民族音楽(ジプシー音楽)を教えられました。ジプシー音楽に興味を持ったブラームスは旋律を採譜し、ピアノ連弾用の「ハンガリー舞曲集」として発表しました。なお、この曲はブラームスのオリジナル作曲ではなく、ジプシー音楽に基づく「編曲」となっています。

ブラームスの音楽世界は室内楽と相性抜群!

形式美を尊重する古典派の枠組みを土台に、自らの繊細な内面世界を音楽で表現することを追求したブラームスにとって、小規模でありつつ楽器の編成が多彩な室内楽は、まさにうってつけのジャンルでした。
最初にピアニストとして世に出たこともあり、ブラームスはピアノを用いた室内楽で多くの名曲を残しています。その中でも豊かな叙情性で人気なのが、1878年から1888年にかけて作曲したヴァイオリン・ソナタ全3曲です。ヴァイオリンとピアノが美しく調和したメロディアスな曲調の中に、壮年から晩年にかけて大切な人たちの死を経験したブラームスの寂しさや諦観が込められていて、聴いているだけでメランコリックな気持ちに包まれます。円熟期のブラームスに特徴的な“渋み”を堪能するにはうってつけの作品です。
また、1891年に名クラリネット奏者リヒャルト・ミュールフェルトの演奏に刺激を受けたブラームスが、創作意欲を取り戻して作曲したクラリネットの室内楽曲の数々は、晩年を代表する傑作と言われています。なかでも、2023年3月2日開催の『N響オーチャード定期 第127回』<ブラームス・チクルス>でオーケストラ伴奏版にて演奏されるクラリネット・ソナタ第1番は、クラリネット独特の温かくも哀愁のある音色が孤高の心境を表現していて、ブラームスらしさを味わえるものとなっています。

ドイツのクラリネット奏者、リヒャルト・ミュールフェルト
1891年3月にドイツのマイニンゲンに滞在したブラームスは、現地の宮廷管弦楽団で第1クラリネット奏者を務めるミュールフェルトと出会いました。彼の演奏を聴いたブラームスはその音色に魅了され、創作意欲を刺激されたのです。

このように、特定のジャンルに偏ることなく多種多彩な名曲を数多く残していることこそが、ブラームスが大作曲家である証明と言えるでしょう。自らの内面を色濃く投影した、ロマン主義者ブラームスならではの豊かな音楽世界を、ぜひ様々なジャンルの楽曲で体感してください。

文:上村真徹


〈公演情報〉
N響オーチャード定期2023/2024
東横シリーズ 渋谷⇔横浜
<ブラームス・チクルス>
Supported by IHI

第125回 2023/10/28(土)15:30開演 会場:横浜みなとみらいホール
第126回 2024/1/8(月・祝)15:30開演 会場:Bunkamuraオーチャードホール
第127回 2024/3/2(土)15:30開演 会場:横浜みなとみらいホール
第128回 2024/4/29(月・祝)15:30開演 会場:Bunkamuraオーチャードホール
第129回 2024/7/6(土)15:30開演 会場:横浜みなとみらいホール

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