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感動が生まれる場所~劇場紹介その④ セルリアンタワー能楽堂

Bunkamuraの主催企画を開催する劇場やホールをご紹介するレポート。「一度は生で音楽や演劇を鑑賞してみたい」と思っている方が気軽に足を運ぶきっかけになるよう、またすでに何度も足を運んでいる方も「このホールはこうなっていたのか!」と新たな発見を得られるよう、様々な角度から劇場・ホールの特徴に迫ります。今回は、能・狂言の公演を中心に、様々なジャンルの日本伝統文化を発信する機能を担う新しい形の能楽堂として多彩な公演活動を行っているセルリアンタワー能楽堂です。


にぎやかな渋谷の街の駅すぐ近く、
ホテルの地下に構える
神聖なる能楽堂

セルリアンタワー能楽堂は、故・五島昇による「渋谷の再開発とその渋谷を文化の中心に」との構想のもと、東急文化村の開業に続いて、2001年5月22日東急電鉄の旧本社跡地に開設されました。セルリアンタワーの地下2階にある能楽堂。エスカレーターを降りたフロアから入り口へと続く通路を曲がると、京都でよく見かける犬矢来の垣根が続き、より落ち着いた空間へと誘われます。そしてロビーを抜けると、目に飛び込んでくるのは美しい舞台。能楽堂の舞台は、5.9メートル四方の本舞台の角に目付柱、ワキ柱、シテ柱、笛柱の4本の柱が立ち、屋根を支えています。

現在の能楽の舞台は、江戸城にあったものを基準にしています。そのためセルリアンタワーの能楽堂も、国立能楽堂や全国の能楽堂も、大きさはほぼ同じです。能楽堂といえば、建物の中に屋根があるのが特徴的。これは、もともと屋外で行われていた能や狂言の舞台を観客席ごと大きなひとつの建物の中に置くという「能楽堂」という形をとったことで、屋根が名残として残ったためです。“柱”にも重要な意味があります。能面を付けた演者の視野は極度に狭くなります。そのため、目付柱を支点とするのです。
舞台裏には、揚幕の奥に「鏡の間」と呼ばれる、大きな鏡を備えた場所があります。ここは演者が最終的な身支度をする神聖な場所。鏡の前には台がありますが、これは「面台」といい、演者が座るためのものではなく、面を置くための台となっています。揚幕の奥で、面を付けているのだと想像すると、観客も神聖な気持ちをほんの少し共有できる気がします。

「鏡の間」と橋掛かりの境目には、緑・黄・赤・白・紫の5色の「揚幕」が下げられています。演者の出入りにあたり、幕の裾の両端につけた長い竹の棒を使ってふたりがかりで開閉を行います。その開閉の動きにも「本幕」「片幕」「半幕」と、上げ下げの演出により名前がついています。
「切戸口(きりどぐち)」は橋掛かりに対向する後座の右奥にある、腰をかがめて通る程度の引き戸です。能狂言の後見や地謡がここから出入りするほか、用の済んだ役が目立たないように退場する際にも用いられます。

檜の板に檜の柱
そして世界に誇る伝統技術である
檜皮葺の屋根の存在感と、
若々しい松絵

セルリアンタワー能楽堂は、本舞台の板はもちろん、全面を檜で覆った作り。板や柱など、薬品などは使わず、乾拭きをしてそのままを保っています。屋根にも、日本が世界に誇る伝統技術である、檜の樹皮を重ねた檜皮葺(ひわだぶき)が使われています。

正面席から突き当りに見える鏡板の松絵は、日本画家の仁志出高福(にしでこうふく)氏によって描かれました。松は、神の宿る依代とされており、鏡板に描くことにより、神と自然、空間の無限性を表します。通常の松絵はもっと色の暗い老松が多いのですが、セルリアンタワー能楽堂の松絵は若々しさを感じさせるのが特徴です。作風もあるかもしれませんが、渋谷の街に似合った若々しい松といえます。余談ですけれど、滋賀県立の大津市伝統芸能会館能楽堂も仁志出さんが手掛けられており、セルリアンタワー能楽堂の兄弟作品のような松絵です。

通常の劇場にあるような
固定椅子ではなく
簡単に取り外し可能な椅子により、
フレキシブルな空間を提供

能・狂言による主催公演を中心としつつ、異文化との共演や、邦楽演奏、落語といった伝統芸能をはじめ、演劇・コンサートなどの公演や企業発表会など、文化交流の場としても活躍してきたセルリアンタワー能楽堂。将棋の「竜王戦」第1局の会場としても知られており、現・藤井聡太竜王や永世竜王資格を持つ渡辺明九段、唯一の永世七冠の称号を獲得している羽生善治九段も能楽堂で熱戦を見せました。総座席数は201と限られますが、通常の劇場にあるような固定椅子ではなく、あえて簡単に取り外し可能な椅子を採用しています。つまり公演内容、イベントによって、座席設置の組み合わせが可能な作りなのです。

近年では、コロナ禍の2020年11月に、歌手の玉置浩二さんが小編成オーケストラを入れてライブを収録。その様子がWOWOWの番組として放送され、評判を集めました。その時々に応じたスペースを作り出せるのが、本能楽堂の大きな強みです。車いす利用者様向けの席も、こうして席を外すことで対応が可能です。また後方へ行くに従い、床面に段がついており、後ろの方も見やすい構造になっています。
舞台を横から望む脇正面席の奥には、「松風」「羽衣」という2つの座敷があります。演者が出入りする通路であり、また演技を行う場でもある橋掛かりや揚幕が見切れるため、追加席や学生席などに利用される他、スライドする壁を閉めて控え室(楽屋)として使用することもできます。

ホテルと同じ建物にある能楽堂
だからこそのサービスが堪能できる

舞台から見て正面奥の壁を開けると、料亭「セルリアンタワー数寄屋」が隣接しています。料亭の数寄屋造りの座敷からは、能楽堂、特に真正面に鏡板の松絵が望めます。昼夜1日1組限定の完全予約制で、「セルリアンタワー数寄屋」が、能楽堂を借景に豪華な食事プランを用意しています。
また、能楽堂で結婚式を挙げられる、能楽堂人前式「壽」というプランもあります。「能楽堂を背景に写真を撮れるのかな」までは予想できますが、なんと!橋掛かりを新郎新婦の順に歩き、神聖な舞台の上で愛を誓い、さらには、プロの(!!)能楽師による祝いの舞が奉納されます。

セルリアンタワー能楽堂の歴史を
知るスタッフから、
特に能楽堂未経験の
若い人へ向けてメッセージ

最後に、セルリアンタワー能楽堂と共に歩いてきた宇田室長からメッセージです。
宇田「最近では、『刀剣乱舞』の影響で、若い人が刀の出てくる演目に興味を持ってくれることもあります。少し前だと長瀬智也さんのドラマ『俺の家の話』の影響で、“あの演目はやらないんですか?”と聞かれることもありました。いわゆる推し活の影響ですけど、100人の方がそういったきっかけでたまたま能や狂言に触れられれば、2~3人でも能や狂言自体を面白いと思ってくださるんじゃないかと思います。
公演が行われていない日の14時半から17時半は、みなさまに自由に能楽堂を見学していただけます。セルリアンタワー能楽堂は渋谷の駅からすぐです。フラッと寄っていただいて、檜の舞台を間近に見て、香りを感じてもらえたら嬉しいです。ロビーでは、過去の舞台の映像が流れていたり、チラシもたくさん置いています。ぜひ能や狂言を身近に感じに来てください」。

文・望月ふみ

心に沁みわたる“渋い”空間で、
上質な美術品や伝統芸能に触れるひと時を楽しんでみませんか。


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