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2台ピアノ演奏の可能性を開拓する気鋭のデュオ/アンセットシス 山中惇史さん&高橋優介さんインタビュー

“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語る「Bunka Baton」。今回は、2020年に結成された新進気鋭のピアノ・デュオ「アンセットシス」の山中惇史さんと高橋優介さんに、2台ピアノ演奏の醍醐味やデュオ活動への思いについて語っていただきました。


別々の道を歩んでいた若きピアニスト2人が
運命的な出会いからたちまち意気投合

有名な管弦楽作品や人気の映画音楽を2台ピアノ版にアレンジし、「アンセットシス(“176”のフランス語読みで、ピアノ1台の鍵盤数である88×2が由来)」という名前通り、2台のピアノを縦横無尽に駆使して豊かな響きを奏でる山中惇史さんと高橋優介さん。息の合ったデュオ演奏を聴いていると“組むべくして組んだ盟友”という印象ですが、デュオ結成までの2人は実に対照的なピアノ人生を歩んでいました。
保育園児の頃からクラシックに慣れ親しんでいた山中さん(中村紘子さんがソリストを務めるチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番が保育園内でお昼に流れていたとか!)は、幼いうちからピアノを習い始め「本能的に演奏を楽しんでいた」そうです。一方、高橋さんも幼い頃からピアノを習いましたが、ピアノ曲よりも管弦楽曲を好み、「ピアノを習っていれば、どこかのタイミングでバイオリンやフルートを弾けるようになるんじゃないかな」と思いながらピアノを継続。しかし気づけば高校生になり、他の楽器へ転向するタイミングを逃し、そのことをしばらく後悔していたそうです。
そんな2人が運命的に出会ったのは2018年のこと。揃って出演した仙台クラシックフェスティバルで隣の楽屋になり、じっくり話したことがきっかけでした。当時について「高橋君とは学校が隣で、東京音楽コンクールで1位を受賞したり、いろいろなソリストと共演している彼の存在は早くから意識していました。実際に話してみると音の聴き方や感じ方などのツボがすごく合って、『一緒に演奏しよう』と誘ったんです」と語る山中さん。思わぬ誘いを受けた高橋さんは、「今でこそ仲良く話せるようになったけど、自ら作曲し楽譜も出版していた山中さんは雲の上の存在のような人で、一ファンとしてとても光栄に感じました」と、それまでのキャリアへの迷いを振り切りデュオ結成を快諾。そしてレスピーギの交響詩『ローマの祭り』を2台ピアノ用に編曲し、2020年に初共演を果たしたのです。
それまでデュオ演奏が未経験だった2人にとって、ピアノを弾きながら自分以外のピアノの音も聞こえるという体験はまさにセンセーショナル。当時の興奮を山中さんは「1台のピアノを分け合い自分のテリトリーが決まっている連弾と違って、お互いに88鍵をフルに使うデュオ演奏は音の数も音圧も想像を超えるもので、とても楽しかったです」、高橋さんも「通っていた学校に作曲科がなく、それまで必要な編曲は一人で行うことが多かったので、他の人と一緒に楽譜を作る作業がとても刺激的でした」と目を輝かせながら振り返ってくれました。

共通の友人であるサクソフォン奏者の上野耕平さんを通じて、2018年の仙台クラシックフェスティバルで初めて話をした山中さんと高橋さん。それまで互いに「すごいピアニストがいる」と存在を意識し合いながらも接点がなかった2人でしたが、音楽観を語り合ううちにたちまち意気投合したのです。

お互いの長所を生かしながら
心強いパートナーと
ステージに立つ

前述のように、アンセットシスでは演奏だけでなく編曲も2人の共同作業。自分たちが好きで、なおかつ2台ピアノで演奏して映える楽曲をセレクトし、担当は曲の楽章ごとに振り分け(山中さん曰く「音が多くて大変な楽章をなすり付け合っています(笑)」)。そしてアレンジした楽譜を持ち寄り、2人で演奏しながらブラッシュアップしていきます。管弦楽曲を2台ピアノ用に編曲するポイントについて尋ねると、山中さんは「オーケストラの演奏をそのままカバーするのは困難。真っ向から対抗するのではなくピアノの作品として自然に聴こえるように、またピアノ編曲によってその作品の新たな側面が垣間見えれば...と心がけてます」と教えてくれました。一方、演奏パートの振り分けも一定のルールは設けていませんが、「高橋君はテクニシャンなので、音の処理が難しいパートはなるべく任せています」「山中さんが弾く音はすごく伸びるので、絶対に大事なメロディがあるパートは任せています」というふうに、お互いの長所を生かす形で分担しているそうです。
デュオ活動の魅力として2人が挙げたのは「精神的に心強い」。その理由として高橋さんは「リハーサルの段階から2人で準備ができるので孤独な時間が少ない」、山中さんは「演奏が終わってから、ピアニストにしか分からない技術的な部分を『あそこがどうだった』と語り合えるのが嬉しい」とコメント。さらに、室内楽やオーケストラとの共演と比較して「演奏者が増えれば増えるほど、より多くの人に迷惑をかけることへの怖さがあります。その点、ソロやデュオだと失敗しても自分たちだけの責任なので気が楽なんです」(山中さん)と語ってくれました。こうしたコメントからも、2人の信頼関係や相性の良さが伺えます。

「編曲する楽曲は自分たちが好きなものであることが大前提」と語る山中さんが、好きな作曲家として挙げてくれたのはラフマニノフ。「曲の構成がとても緻密に計算されていて、楽譜を読んでいると頭脳的な快感を感じることができ、同時に演奏する喜びも肉体を通じて感じられます」

ピアニストとして成長するため
ソロ演奏も大切にしたい

人気ピアノ・デュオとして多忙を極める2人ですが、2022年にそれぞれソロ・リサイタルを同日開催するなど個人での活動にも意欲的。その理由は、「ソロ演奏もやらないと、どんどん下手になっていく」と高橋さんが語るように、ソロ演奏でしか得られないものがあるから。山中さんも「演奏で処理する情報量の多さが、ソロとデュオでは全然違うんです。しかも音を表現するのは一人だけ。昔は怖くて嫌だったけど、最近では誰にも気を使わず客観的に演奏できるソロ演奏もいいなと思っています」と、自らが成長するための機会としてソロ演奏も重視しています。ちなみにソロで演奏してみたい曲を尋ねたところ、山中さんは「今ピアノを習っているアンヌ・ケフェレックが素晴らしいモーツァルト弾きで、僕も彼女のようにモーツァルトを弾いてみたいと思っています」、高橋さんは「僕は近現代の曲が得意分野ですが、これからはベートーヴェンやシューマンなど古典派・ロマン派の曲にも本格的に取り組みたいですね」と教えてくれました。
このように現状維持に甘んじず貪欲に成長を追い求める2人は、プロとして活動しながら今もなおピアノの指導を受けています。その意義について山中さんが「人間は死に向かって衰えていく生き物で、常に向上を目指さないと現状維持すらできません。しかし、自分で気づくことのできるものは些細で、他人に言われて初めて自分を知ることもあります。例えば指の使い方1つでも『この筋肉がこうつながっているので、こういう動きになるからこう弾くべき』など、今まで考えたこともないようなことを教わり、ピアノを弾くことがより面白くなりました」と語るように、一つひとつの学びを着実に成長につなげています。
また、そうしたレッスンの中でも、特に自らの糧になっている教えを尋ねたところ、高橋さんが挙げたのは「曲を初めて聞いた時に抱いた憧れと、今抱いている愛。この2つを大事にしなさい」という素直な感受性の大切さ。一方、山中さんが挙げたのは舞台に上がる際の心構え。「『自分はこんなに弾けるんだ』と認められようと演奏しても、変な緊張につながるだけ。今まで自分が準備してきた音楽を聴衆とシェアしなさい」という先生の言葉を胸に刻み、今もステージで実践しているそうです。

今後ソロで弾いてみたい楽曲として古典派・ロマン派のレパートリーを挙げた高橋さん。一方、デュオ演奏では「管弦楽曲の編曲だけでなく、ピアノのスタンダードナンバーも弾いてみたいですね。例えば、ラフマニノフの『2台のピアノのための組曲』とか」と教えてくれました。

“外向きの演奏”が得意な
レ・フレールとの
刺激的な共演が今から楽しみ!

2024年7月14日にオーチャードホールで開催する『Pianos' Conversation 2024“ハウ・メニー・ハンズ?!”』で、1台4手連弾を持ち味とする「レ・フレール」との共演が決まっています。昨年に続く人気ピアノ・デュオ2組の共演は、ファンの間で大きな注目を集める一方、アンセットシスの2人にとっても楽しみだそうです。
「僕たちが扱うクラシック音楽は内側に向かっていく要素が大きいのに対し、レ・フレールさんの音楽は外へ向けて飛ばしていくようなタイプ。そうした要素を自分たちにも取り入れられたらなと思っています」(山中さん)
内向き・外向きという比喩的な言葉の意味を尋ねたところ、山中さんは次のように説明してくれました。「クラシックにおいては作曲家が楽譜に記した意図を守って演奏することが基本なので、僕たちはその意図からはみ出して自分をアピールすることがあまり得意ではありません。でもレ・フレールさんは、どんな曲でも『これはレ・フレールの曲だ』と分かるぐらい自分たちのスタイルで演奏します。その違いを身近に体感できるのがとても刺激的なんです」
このように、あらゆる刺激を貪欲に受けながらさらなる飛躍を目指している2人の今後の目標は、短めの曲をレパートリーとして増やすこと。その意図を尋ねると山中さんは「例えばレスピーギの交響詩を2台ピアノで演奏するといっても、『レスピーギを聴きたい』となる人はそんなに多くないと思うんです。そうしたハードルを下げつつ聴きごたえのあるレパートリーを増やし、お客様とのベストな距離感を築いていきたいですね」とコメント。高橋さんもこの意見に同調し、「実は長い交響曲をそのままピアノ版に落とし込むよりも、短めな曲をエンターテインメント性豊かに、なおかつ中身が詰まったものへとアレンジする方が難しいんです。そうした技術をぜひ習得したいですね」。
自らの成長とともに2台ピアノの可能性をさらに広げていく、アンセットシスの活躍から今後も目が離せません!

今回の取材で印象的だったのは、一人が答えている内容に対してもう一人が「そうそう」「分かる」と相槌を打つことの多さ。もともと別々に活動していた2人が、アンセットシスというデュオとして素晴らしいピアノ演奏を聴かせることができるのは、このように音楽の価値観やツボがピッタリ合っているからこそと実感できました。

文:上村真徹

<プロフィール>

作曲家・ピアニストの山中惇史と高橋優介が2020年に結成したピアノ・デュオ。2020年3月に東京・紀尾井ホールにて『レスピーギ/ローマ三部作』ピアノ2台版を世界初編曲し演奏。さらにカワイ出版より楽譜も出版し、新たなる2台ピアノのレパートリーとして絶賛される。2021年秋には映画音楽の名曲をアレンジしたアルバム『ジョン・ウィリアムズ ピアノ・コレクション』をリリース。デュオだけでなくソロ活動も意欲的に行っている。

Instagram @176_unseptsix
X @unseptsix2023
ホームページ https://www.atsushi-yamanaka.com/176

<公演情報>
Pianos’ Conversation 2024
“ハウ・メニー・ハンズ?!”

2024/7/14(日)15:00開演
会場:Bunkamuraオーチャードホール

「Bunka Baton」では、“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語っていただきます。ぜひご覧ください。


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