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10人のパーカッショニストが縦横無尽に活躍!打楽器が旋律を奏でる『トゥランガリーラ交響曲』

10人もの打楽器奏者がステージに上がり、15種類の打楽器を縦横無尽に奏でる交響曲があるのをご存じでしょうか? それは “20世紀交響曲の最高峰”と称される『トゥランガリーラ交響曲』です。今回は、今年6月にオーチャードホールで開催する記念すべき第1000回定期演奏会でこの曲を演奏する、東京フィルハーモニー交響楽団の打楽器奏者の皆さんへの取材を基に、打楽器に注目しながら曲の特徴や聴きどころを紹介します。


“トゥランガリーラ”ってどんな意味?
20世紀屈指の傑作であり異色の交響曲

『トゥランガリーラ交響曲』は、20世紀の現代音楽界を代表するフランス出身の作曲家オリヴィエ・メシアンが、1948年に作曲した楽曲(初演は1949年)。トゥランガリーラとはサンスクリット語の「トゥランガ」(時、天候、リズム)と「リラ」(遊び、演奏、愛)を合わせたメシアンの造語で、さしずめ「愛の歌」「喜びへの讃歌」といったニュアンスです。
「現代音楽の金字塔」「20世紀交響曲の最高峰」などの賛辞を集める傑作ですが、初めて聴くと驚くこと必至の異色作なのです。まず全体の構成からして異色で、一般的な交響曲が4楽章構成なのに対して『トゥランガリーラ交響曲』は10楽章構成。トータル演奏時間は約80分にも及び、登場する楽器も金管、木管、弦楽、打楽器、ピアノ、さらに音色が独特なオンド・マルトノという電子楽器まで加わって実に多彩。それらがさまざまに組み合わさって千変万化し、伝統的な西洋音楽、宗教的な音楽、そしてガムランやインドの影響が感じられるエキゾチックな音楽などを多層的かつ無限に紡ぎ出すのです。楽曲構成は複雑ではあるものの、調性が明確なパートでは流れるようなメロディや勇壮なメロディを奏でていて、「現代音楽」というジャンルがもつ難解なイメージに反して聴きやすい作品となっています。

打楽器の兼務はこんなに大変!
知られざるパーカッショニストの苦労

また『トゥランガリーラ交響曲』は、ピアノや多彩な打楽器によるリズミックな響きが全体の基調となっているのも特徴的です。注目したいのは打楽器と奏者の数。楽譜では次のように8人の打楽器奏者が13種類の打楽器を分担するよう、メシアン自ら指定しています。

『トゥランガリーラ交響曲』の楽譜にメシアンが自筆で記した指示。上段の①~⑧が奏者を表し、第1奏者から第8奏者までを対象に、誰がどの楽器を担当し、さらに誰と誰が楽器をシェアするかまで細かく指定されています(楽器の持ち替えを行わない打楽器奏者を除く)。

第1奏者:大太鼓
第2奏者:プロヴァンス太鼓、小太鼓
第3奏者:テンプルブロック(木魚)3つ、マラカス
第4奏者:マラカス、トライアングル、タンブリン
第5奏者:タンブリン、ウッドブロック
第6奏者:クラッシュシンバル、サスペンデッド・シンバル
第7奏者:サスペンデッド・シンバル、小シンバル、チャイニーズ・シンバル
第8奏者:小シンバル、チャイニーズ・シンバル、タムタム(銅鑼)
※他にも2人の打楽器奏者がヴィブラフォンとチューブラーベルをそれぞれ担当

チャイニーズ・シンバルなど一般的なオーケストラではあまり使われない打楽器も登場します。各楽器の音色や奏で方をぜひ動画でチェックしてみてください。

『トゥランガリーラ交響曲』で用いる打楽器を、東京フィルハーモニー交響楽団の打楽器奏者の皆さんに実演していただきました。一見同じように見えるシンバルでも、種類によってこんなにも音色が異なるとは驚きです!

打楽器奏者の皆さんによると、このように交響曲において複数の打楽器を用いることは決して珍しくなく、「1つの楽器を1人ずつ担当するより、1人で複数の打楽器を兼務する方が効率的に演奏できる場合もあるため、曲の中で音が重ならない範囲において兼務は一般的なこと」とのこと。それでもさすがに15種類の打楽器を10人で奏でるとなると「兼務があわただしく複雑になって大変」なのだとか。
『トゥランガリーラ交響曲』での打楽器演奏で気をつけるポイントを尋ねたところ、「特に複雑な奏法を求められませんが、注意が必要なのは楽器やバチを持ち替える瞬間。どうしても指揮者と楽譜から視線が離れるため、音を刻むタイミングのズレが起きやすいのです。また、演奏中は頻繁に楽器を持ち替えるため、楽器を置く位置、持ち替える時の移動、手に取るタイミングなどの事前の段取りを、他の奏者と相談しながら確認しておくことが不可欠」とのこと。この準備を怠ると、曲に合った音を引き出せなくなったり、演奏中に他の楽器やスタンドに足を引っかけたりノイズが出てしまうそうです…。
また、『トゥランガリーラ交響曲』に限ったことではありませんが、打楽器演奏にはさらに知られざる苦労があるそうです。「打楽器奏者は多くの場合ステージの最後列に位置するため、前方で奏でている楽器と比べて微妙な音の時差が生じてしまいます。つまり、前方から聞こえてくる他の楽器の音に合わせて叩くと、客席では打楽器がズレて聞こえてしまうので、曲のテンポに乗りながら0コンマ数秒早く音を入れていかなければいけないのです」。しかもこうした音のタイミングや大きさは、ホールの広さによって微調整する必要があり、「必ずしも『毎回このタイミングと大きさで叩けばいい』という正解はありません」とのことです。

打楽器のアンサンブルで響きや旋律を紡ぎ出す
『トゥランガリーラ交響曲』の聴きどころ

最後に、このように打楽器奏者が活躍する『トゥランガリーラ交響曲』の聴きどころを、打楽器奏者の目線で教えていただきましたので紹介しましょう。
「交響曲において打楽器は、特定の決まったタイミングで『ドン!』と大きな音を出したり軽やかな彩りを添えるような使い方が多いですが、『トゥランガリーラ交響曲』の場合は一定のリズムを繊細に刻み、複数の打楽器を組み合わせながら表情豊かな旋律を作っていく場面が多くあります。また、管弦楽曲の響きにおいて重心を担うティンパニを使っていない影響もあってか、まるで打楽器の音色が上から降り注いでくるような印象も受けます。他の交響曲ではなかなか得られないこの“降り注いでくる”という肌感覚は、ライブ空間に身を置くことでいっそう感じやすくなるでしょう」
また、ホールで鑑賞する際には音だけでなく、ぜひ打楽器奏者の動きにもご注目ください。前述した、楽器の持ち替えや場所の移動、さらにサスペンデッド・シンバルやタムタムの残響音を手や体全体で止めるといった、耳で聴いているだけでは分からない奏者の奮闘ぶりを目で追えば、よりライブ感覚を楽しめます。
15種類もの打楽器を含むさまざまな音色を聴くことができ、また普段見慣れない楽器とその演奏姿も見ることができ、耳でも視覚でも楽しめる『トゥランガリーラ交響曲』。その醍醐味をぜひホールで体験してみてください。

(左)木琴のバチなどで叩いて音を出すウッドブロック。明るく堅い音色が特徴的で、材質や工法によって音の高低が異なります。 (右)タムタム(銅鑼)はただ叩くだけだと音がずっと響くので、写真のように表と裏からピタッと全身をくっつけることによって残響音を止めています。

文:上村真徹


取材協力(左から)
中村勇輝さん、縄田喜久子さん、木村達志さん、船迫優子さん、岡部亮登さん(首席奏者)


〈公演情報〉
東京フィルハーモニー交響楽団 
第1000回オーチャード定期演奏会

6/23(日)15:00開演
会場:Bunkamuraオーチャードホール

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